夏の冬を、きっともう想い出せない

どこまでも夏景色しか見えないので
冬だと想っている歩幅で少し歩いていただろう。
歪んだ季節だけを通り過ぎる風に吹かれた帆が孕むと、
出航する名のない花の傍らにならば、きみに似たかなしみが微睡ろんでいる。

私たちが通り過ぎた横を見ていない、つまり視界は、常に私たちを裏切るばかりだった。
月を砕くように静かな波が夜の水平線を形作り、私たちの間に横たわる。
冷たさを求めていただろうか、求めていただろう、それしかなかったのだろう。
たしかに私たちは裏切りのことば、偽りのことば、あらゆる手段を通じて、
その冷たさを回避しようと努めてきたことに疑いを持ってはいない。

しかし、こうして横たわる夜の水平線を前にすれば、
やはり冷たさを、そこに与えねばならない、そんな気だけで終わらせてしまう。
そして、それだけできっとよいのだと想ってしまう。
ああ、だから夏は来ない、冬道を歩けば冬景色しか見えず、
やはり冬だとしか想わないし疑わない。
その安逸をよしとするでもなく疑わない。

しかし遠くを見れば彼女は夏を生きている。
私たちには決して訪れない夏だけを彼女は歩き、彼女は生きている。
だから冬を捨てねばならない、そうはいわない。
冬はもう、忘れられた季節なのだから。
いくつかのことばを並べさえすれば、私たちは冬を忘れられる。
いくつかの砂粒を並べるように、そこに並べさえすれば、
どんな季節も、どこにでも遺棄されたまま大人しく息絶える。
夏景色の青い空のした、降る雪を積もらせて、きみはいう。
夏のすばらしさを、きみがいう。
2015-07-24 00:00 : カイエ、詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

指先と、そして指先と

そこまでで終わる陽の光を追いかけて、私の指先は触れているだろうか、その縁に。
ただ冷たいだけの光の終焉を見送るように、さらに先に伸びるように、私の指先は伸びているだろうか、触れているだろうか、その縁に。
届く限りならば届くはずの指先にはなにも触れることがない、その指先をすこしだけ伸ばして、季節について語ることをせずに。
熱暑に晒された路面には冷たい影が這う、そんな風に私の指先は伸びているだろうか。
知らないきみには、たくさんの恋をした、知っているきみには、たくさんの愛を感じた、だから指先に触れてください。
車に轢かれて千切れ干からびた、正体の知れぬ動物たちの切れ端のように、指先に触れてください。
彼らが生きていたころの記憶、記録のありかのように、私の指先に触れてください。
きみの熱を覚えているだろう私の指先に触れてください。
寒さのなかで滴る汗を拭い、暑さのなかで凍える身体を抱いた、私の指先を知りませんか。
もう、そこまでですべてが終わる、私の指先を知りませんか。
だれもいない、そこまでなら伸びているだろう、私の指先に触れてください。
陽の光を追い続けているか、それだけを書いた手紙を送ってください。
封筒に入れ忘れたまま置き去りにされた手紙を、私のうえに、そっと置いてください。
2015-07-23 00:00 : カイエ、詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

Long Say GoodBye

さようなら、そういえたなら、どれだけ安堵するだろう
合歓の木のうえに降り注ぐのは、どの季節?
今は夏、夏の手前、手前の少し前、多分
さようなら、そういえたなら、どれだけ幸福だろうかと考える季節
寒い季節なら、私を探すのなら、詩のなかに探しておくれ
そんなことをいいたくなる季節もあるかもしれない
今は夏、入道雲はまだ見ていない、激しい雨を見た
本当は激しい雨音だけを聴いていただけだった
さようなら、そういえたなら、どれだけ悲しめただろうか
きみの立つプラット・フォームを想い出し、
あるいは、そこにも激しい風雨が訪れていて
きみはずぶ濡れのまま何かを、もしかしたらだれかを待っている
さようなら、そういえるまでの、あまりに遠い距離を
近すぎる距離で消してしまうことができるだろうか
ろうそくの火が灯る部屋のなかでは影が揺れる
遠くまで歩いてゆく影が揺れている
陽だまりのなかを想いだしながら、きみが待つ
さようなら、そういったあとのきみを待つ空となり
どんな顔で応えようかと、少し悩んで星を散らす
さようなら、さようなら、
きみとの時間だけが遠ざかる、さようなら
2015-07-22 00:00 : カイエ、詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

取り戻しから逃れるもの

もし、まだ私に涙が残っていたとして、
-そうであると信じたいが-
なにに涙を流せばよいだろうか、
そう訊いたとしたら、きみは笑うだろうか

疲れきった季節が漂着する海岸で
いく時間か、あるいはいく日か
もしかしたら語りあったように
きみは私の問いに笑うだろうか

孤島が見える丘の上から
孤島までを吹く風のように笑うきみの
遠い恋までの長旅を
遠い、遠い、うんと遠い-
そう笑ったように

変わることのない季節のなかで腐乱する
あの、いくつかの想い出を入れ替えながら
私の涙を探して欲しい
あまりにも疲れきってしまった、
あの私の涙を探して欲しい

時間がないから、きみがいないから
今の私には、ほんの少し
気のせいばかりの涙が必要だ
2015-07-21 00:00 : カイエ、詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

方角を失うときについて

鳴き声だけで飛ぶ鳥の飛跡をたどる星の運行を調べていた。愛するだけで眠る鳥の傍らには胆から吐き出したらしい砂が流砂のように時間を泳いでいるだろう。自由に似た横顔できみを通り過ぎる街角に立つ時間を待ちながら風が吹かない季節を数えているのだ。
生物の時間など数える人間などがいるのかと少し驚きながら、数じゃないだろうと想ったが数だった。腐ったようなにおいだけがする数を追うと、どこかでにおいが途切れるらしい、確かにそれなら数だろう。
私は星の運行を調べるようにきみを調べたはずだ、きみの真似をして、まるできみのように、きみになって星の運行を調べたのだから。
鳥が飛んでいるわ、そうきみが言ったらしいことは記録にも残っていた。しかし、その記録は飛びもしないし鳴きもしなかったので私には分からない、あくまで噂だそうだ、そう伝えておく。
なぜ北極が北極なのか、南極ペンギンのように考えていると運行するように動かない星を見つけるのだ。寒気のなかには知識がある。北のなかには哀しさがある。
知識のなかにはなにもないが、哀しみのなかにはなにもないが。
朝方になると消えるきみのように、最後の鳥が最後の鳴き声を解き放つとき、星はすべての役目を終えて消える。私の瞳も消える。
方角を失って、すべてが消える、それが愛だ。

初出:BlogSpot(20150710)
2015-07-20 00:00 : カイエ、詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

愛の生成する日々、花を眠るように告げること

壊れていないものを壊れているというように、愛していないものに愛していると告げた。

壊れたままの時計の時間に沿って朝の準備を整え、朝食をとり、満員電車に揺られて仕事をした。昼休みは仕事場近くのテトラポットの上で雨に降られながらコンビニのおにぎりを食べ、二度目の仕事をすると夕暮れないままの夕方を帰った。猫だけが待つ部屋には時計の音が鳴っている、進むに進めない秒針が行ったり来たりをくり返し、それ以上にくり返されるべき日々を追いかけている。

アルコールのない夜をアルコール代わりになるすべてのもので満たして、満たしきれない夜を眠ろうとした。満たしきれない夜だけが残り、満たしきれない夜しかなかった。きみが消えた夜を想い出しながら開け放たれるドアの音を真似て鳴く猫のように眠った。

夢のなかでは進みすぎる時計を追いかけていた。遡行し続ける時計を追う川も渉った。きみの痕跡をあさり続ける犬となって足跡の残らない砂浜を歩き続けた。忘れられない夢にするように夢のなかでだけ目覚めて夢の外で眠った。

愛しているものには愛していないと告げた、壊れているものを壊れていないというように。
愛しているものには、ただ愛していないとだけ告げるだけで愛せた。

初出:BlogSpot(20150710)
2015-07-19 00:00 : カイエ、詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

それ以外

今日は雨、雨音については書くまいと想った。雨、雨音以外のことをすべて書こうと想った(それらの可能性として)。雨は雨以外のすべてだし、雨音は雨音以外のすべてだし、そういうことで良いじゃないか、そういう投げやりな日だったからだ。
雨について語るひとは雨以外について語るひとだが、雨の中心は雨音を聴く。雨音について語るひとは雨音以外について語るひとだが、雨音の中心は雨に濡れる。そういうことでもあるかもしれない。
「冷たいのは雨ではなくてきみだ」
そう伝えたい女性がいたが、雨の日に逢ったのを最後に忘れてしまった、そういう想い出をひとつは持っているべきだった。持っていない想い出は作れば良い。人生は忘れられた想い出だけが生きている。
きみの街には雨が降っているだろうか、それ以外に困ったことはないだろうか。
「雨が降っていること以外、困ったことばかりだわ」
そういうきみと雨を見たこともなければ雨音を聴いたこともない、私たちには出逢うことがないし出逢いがない。雨音が降るように雨が聴こえているのならば、だが。つまり、それが雨について、雨音について書かないことだった。

初出:Tumblr(03/07/2015)
2015-07-18 00:00 : カイエ、詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

風見鶏の瞳を風は知らない

ゆっくりと回る風見鶏に風は吹いていない。
ただ柔らかな陽射しが絶えることなく指しているひとつの方向、
転変する、定まらない、永遠を…ひとつの方向がある。
風が吹くとカラカラと回る風車の音が乾いてゆくが、
風見鶏は風車の音とは無関係に陽射しを追っている。

階段の縁が磨耗した歳月を語っているように、
きみの髪をすく指に絡まる感触が歳月を示すだろう、
もし、きみが手の届く場所にいれば、だが。

あまりに寒さだけが満ちた夜、
季節は遠ざかり、無数の季節が代わる代わる訪れ、
近づくことと遠ざかることは同じだと告げてゆく。
ここで「遠ざかることと近づくこととは」と書かないのは、
せめてもの矜持だということも書き添えておいたほうが良いだろうか。

さて遠ざかるように近づいてくるものの代表として痛みを語ろう。
きみの不在により感知される、あの痛みについてだ。
宮沢賢治なら水晶やきれいな結晶の形をした様々な、
そう、様々な結晶の先端の鋭利が全身を隈なくつつき続ける痛み、
血は流れても流れなくても良いだろう、
死ぬことさえ許されない範囲であれば、どちらでも同じことだ。

時間というものは結晶に似ている。
本来なら崩壊してゆくのではないのか、そうも想うけれど、
さて結晶の物理的結末はどうなるのだろうか。
その結末を知る前にきみに再会することもあるかもしれない。
痛い、痛いよ、そう、痛いのだ-

だれひとり聴くひとがいない夜などには、そうも呟いている。
きみがいない、きみがいない、と
そんなときに想い出す、あの風見鶏、
あの風見鶏の気持ちが分かるような気がするのだ。

風と柔らかな陽射しとを見比べて、
見比べても選ぶ力さえないままに
風に従うままに、風に無関係に陽射しを追う、
あの風見鶏の気持ちが分かるような気がするのだ。

吹く風に舞うしかないとしても
光しか追えない、この瞳は。
もう痛みしか知らない、この瞳は。

初出:BlogSpot(20150628)
2015-07-17 00:00 : カイエ、詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

夏、愛と生命について

夏に降る雪の行方を訊ねたい、ただそれだけで夏を終える雨が降る。

雨の風をきみが指先まで大きく広げた手のひらで冷たがりながら魚のように飛び跳ねる。穏やかに崖に到達してクルリと跳ね返る波のように飛び跳ねる。
いくつかの季節をスルスルとすり抜けてゆくように、きみが歩く構内の歩道、いくつもの世界を構築しながら破壊してゆくように、きみが渡る構内の歩道橋、きみの支配を噴水は受け止めたか。

噴水の周囲を巡る夜の虹のなかでだけ、きみは告白をするのだとノートに書いていた。曇天を写す透明な人工池に仰向けに浮かんだノートに。残酷な管理人は古びた熊手を面倒臭げにノートに放り投げ、しかし引っ掛けることさえできず、ノートは沈んでゆく。

ざぶざぶざぶ…
管理人がノートを取り上げて排水口の方角を見つめてため息を吐く、指でつまんだまま。

さぶさぶさぶ…
重たげな音ひとつでゴミ箱に収まるきみのノートは別のページを開こうとして開けない。

夏を大きく仰ぎながら雨が降る。
きみの探した夏の雪が遠くを降りながら私たちから距離を奪ってゆく。

深海には季節のない雪が降り続けている。

(生命、という言葉が意味をなさない場所を探さなくてはならない。
 雪の降るところには生命が宿るから)

きみの雪が夏に降る、夏に降る雪のなかで私が眠る、
私たちの薄い夏が膜となって私たちは私たちとして愛し合える。

私たちの愛は季節でできている、
私たちの愛には生命が宿らない。

初出:BlogSpot(夏、愛と生命について)
2015-07-16 00:00 : カイエ、詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

街の川、斃れたきみ、街角について、など

雨が降り始めると街角を想い出しながら街の内側、外側を知らずに歩き始める記憶、記憶が歩き始める。
なにものも記録することを知らない記憶が街と無関係に街角を想い出しながら雨を歩き始める。静かな音楽を邪魔するほどではない雨音とともに流れ出すように。

きみが乾いた路面に斃れたことを立ち止まりのなかで忘れながら乾いた血の痕を、黒々と夕暮れだけを知る血の痕を見つける。
私の代わりにきみが斃れたのだったら、どれほど感動したことだろう。
その血痕を路面から剥がし、今すぐにでも抱きしめながら泣いただろうに、きみが斃れたのは私とは無関係なことだった。

-遠くから訪れる雨と近場から去ってゆく雨が出逢うのね

雨の雫で見えない表を指差すように鼻を向けた女が本を落としながら言う。
コーヒーの湯気が女を消すまでの間、そのことばを言い終えるのに十分な間。
そうしている間に汚濁した渦を巻く都会の排水路には「川」と名がつけられている。

その知性を愛しながら、むしろ雨に打たれることを祈り傘を折った。
街角に消えてゆく後姿だけで知る知性を愛していたに違いなかった。
街のなかには、いつでもだれもいない、それが「街」だからだ。
街は記録する、街角を使って、ひとつひとつの街角にひとつひとつの街の記録。

そうして街角は記憶を喪ったまま雨により想い出を与えられるのだ。
街の記憶を喪った街角が、そうして雨が降り始めると歩き始めるのには理由があるのだ。
音楽を止めよ、会話を止めよ、女を黙らせよ、街角が歩いている。
街中を、街の外を知らずに街の記憶を持たずに街の記録を保っている街角が歩いている。
音楽を止めよ、会話を止めよ、女を黙らせよ、街角が歩いている。

初出:BlogSpot(20150626)
2015-07-15 00:00 : カイエ、詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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拝啓




Author mak From "空白"

想一葉、兼訪問帳

星々の冷却(書肆侃侃房)
渓谷0年(オンライン版)
Both by mさん

【 無意味という意味 】
すこしの風を追いかけて
【 短文 】
大海にも降る一滴
2015.07.17.

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