遠い陽光の中に消し忘れられた落書

彼我

以前にも触れたことような記憶があるが、二度の千日回峰行(二度の回峰行を為したのは比叡山千年の歴史中三名のみ)を遂げた酒井雄哉大阿闍梨のインタビュー記事で、行中瀕死状態での異常感覚について触れられている。
香灰の落ちる音、数km離れたところで作られている味噌汁の匂いをはっきりと感じたのだそうだ。
実際(科学的)に、そういう「知覚」が確認されたわけではないが、自我が崩壊する寸前では、通常、我々が想像することも出来ない何かが生じることだけは確かなようだ。 [彼我]の続きを読む
  1. 2008/06/28(土) 11:41:11|
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懐疑、乖離・・・とは無関係に、その先に

名前だけは知っていたデュシャンのことをTVで少し見かた。
なんでも「泉」を巡って云々で、芸術というもに対して懐疑的だった、とか、既成文脈にない在り方の提示とか・・・今では普通と言えば普通の在り方の一つになってしまっている感があるのが又、なんとも奇妙というか。少し調べたらデュシャンは一時期、芸術活動から離れてチェスに没頭していたとか。チェスといえば、先日亡くなった、かのフィッシャーも1970年初頭位から表舞台から姿を消したまま天才として逝ってしまった。人間、血迷うとチェスに向かうのだろうか(違)? [懐疑、乖離・・・とは無関係に、その先に]の続きを読む
  1. 2008/02/15(金) 22:04:49|
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僕達の立つ場所と解題

差異について少考していると、ふと・・・



#見渡せば見渡す限りの砂丘と、見渡せば見渡す限りの空との間に僕達は立つ



などというフレーズが浮かんできた。
そして、ここで「砂丘」というのは「各論(差異)」の、「空」は「総論(統合)」の象徴だな、と想いつく。
そこで、この一節にて続くもの全てを放棄することとなった。
「放棄」という形でしか、今の私は対峙出来なかった。
つまり私は、世界を放棄したのである。

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  1. 2008/02/06(水) 23:36:22|
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明日は・・・

若い頃、小さいバーを持ちたいと想っていた時期がある。いや、つい最近まで、そう想っていた。
きっかけは他愛もないもので、学生当時、毎晩のように一人、飲み歩いていて、酒があるから頑張れるんだな、というような人々と多く語り合う機会があったからだと想う。当時、安物のラジカセで聞いていたのが「ピアノ・マン」で、つい最近、動画サイトで見つけて「ああ、そうそう、こんな感じを心描いてたんだよな〜」などと、つい懐かしくなってしまった。
Piano man(on YouTube)

今の時代、こんなバーはアメリカにもあるのか不明という気もするが(さすがにピアノ・マンまで歌いながら喫煙はせんだろう)、日本の場合、ジャズ・バーの類も含めて、結局、定着しなかったと言って良い気がする。
私のバイト先の一つに典型的ジャズ・バーがあり、立地も決して悪くはなく、ジャズ・プレイヤーも十分なものと想っていたが、残ったのはブルー・ノートという「形」くらいだろう。バイト先でもホステスをくどくのにジャズの薀蓄を語るようなのしか来てなかったし。大竹しのぶが出てるCMに見られる「ジャズ・バー」が大方の日本人にとってのジャズ・バーというのは残念な気がするが仕方ないのかもしれない。もっと酒と音楽を楽しむ場を・・・というのは私の身勝手な想いなのだろう。

日本人には酒+カラオケの方が性に合うのかも、などと呟きながら、そういえば「夜空ノムコウ」は教科書にも掲載されるような「日本のうた」になったらしいことを想い出した。私も好きな曲の一つなのだけれど、ピアノ・マンと並べて聞くとゾッとする悪寒が走った。
夜空ノムコウ(on YouTube)
[せめてもの反抗(?)の意味も込めて桑田・アコースティックver.です 笑]

ピアノ・マンは皮肉混じりの叶わなかろう夢ながら現在進行形の歌だが、夜空ノムコウは完全に終わっている。捻くれれた見方をすれば、終わった夢を忘れて今の自分を認めてあげよう慰めソングとなっている。
が、この方が日本人の心性には合っているのかな・・・などと。

さて、私の明日はどちらに?



なんてのは決まってることですが。
オヤスミナサイ。良い夢を。

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  1. 2008/01/31(木) 00:51:55|
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ダン、ダン ドゥビッ、 ドゥワドゥワ

ダン、ダン ドゥビッ、 ドゥワドゥワ・・・♪

3.23時間。
今、表示されている私のラップトップPCの残り時間。
元々、無線が通るところならどこでも、という意に反して今ではデスクトップ代用になっているマイPC。

 どこでも書ける

夢だったのかもしれない。

冒頭のリズムのサントリー・オールドのテーマ曲は小林亜星さんの作曲、初期は御本人が鼻歌ったとか。
あれ?作曲自体は別の人だったっけか?
ま、いいじゃない。

丁度、少しは「大人は辛いらしい」と感じ始めた頃に耳にした曲なんだ。
今の私の右手横にあるのは4L・2000円もするかしないかの焼酎の麦茶割り、しかも氷を目一杯に入れて、だけどね。

ダン、ダン ドゥビッ、 ドゥワドゥワ・・・♪

子供の頃、この曲を耳にしては大人になったら辛くても頑張れるんだ、頑張るんだ、と感じていた。
安酒でも一杯、引っ掛けて陽気に騒ぎ、泥のように眠って昨日のことも、昔のことも忘れて汗まみれになって働いて。
だから酒が悪いわけじゃない。
大人だから酒を飲む資格がある。
飲む資格があるのは大人なんだ。

もう3.10h、85%とはバッテリーもへたってきてる。

懐かしいメロディーだ。
忘れたい、忘れるべき今日、昨日、そして昔を抱えながら。
前向きとは言えないかもしれない。
今日だけがそこにある世界。
明日も忘れ、自分の身も酒に委ねて。
でも捨て切れない何かに繋がれてこの世に残らなくちゃ、頑張らなくちゃ。

お隣さんが夜逃げした。
朝の5時位だったんじゃないか?と聞いた。
不規則に遅く、早く起きてる私だが気付かなかった。

誰が見た?誰が言い出した?

「ただいまーっ!!」
ほとんど在宅で仕事している私に聞えてくるその声は美しかった。
こんな子供がいるんだもの、日本だってなんとかなるだろう
そう想わせてくれる声だった。

いつも犠牲者は女、子供、老人だ

嘘を言うな。
何の犠牲者なのだ?
誰の犠牲者なのだ?
どうして犠牲なのだ?

誰も犠牲になどなっていない。
ただ、あの元気な声が聞けなくなっただけだ。

2.58h、78%。
TPシリーズを好んで購入・使用しているのはバッテリー・パソーマンスへの期待もあるのだが。
下手が時間を掛ければ駄文にも耐えられぬか。

子供を幸せに出来るのは立派な親だったからか?
女房が幸せなのは旦那が仕事も熱心、家族サービスも欠かさない立派な人だったからか?

近隣付き合いを女房に任せ切りの私は隣人夫妻の、子供の顔も覚えていない。
どこで、どう遭っても言われなきゃ分かりゃしない。

ダン、ダン ドゥビッ、 ドゥワドゥワ・・・♪

ああ、聞えるね。
俺、良い曲だと想う。
好きな曲だ(亜星さんはあんまり好きになれないけどね。会ったら違うかもしれないけど。)。
今、飲んでるのはオールドじゃないけどさ。

俺は、この先、どう生きていくんだろう。
明日のことすら分からない。
家族だって・・・

親も子も女房も。
いつ捨てたって分からないような奴だと想うんだ、俺は。
そんなことを想う時、オールドは飲めなくても聞きたくなる曲なんだよね。

いいじゃない?
立派な親に、旦那に、妻に・・・
なったからって、なんなのさ。
酒飲んで昨日、明日忘れるのが悪いのかよ。

顔も覚えてないけど。
元気でな。
夜逃げ出来る元気があれば生きていけるさ!
俺も、いつか夜逃げすっかもしれんから先輩さ!

夜がくる

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  1. 2007/06/26(火) 01:29:43|
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ヘビイチゴ

 梅雨迎えのニュースがあってもおかしくない五月の終わり、申し訳程度の緑が泳ぐだけの黄褪せた畑地を横目に自転車に乗り行くと、住人がいるのかすら怪しげな雰囲気の郵政関係の宿舎脇の道に出る。子供の遊ぶ姿すら見たことのないフェンスの網目向こうはいつでも背の高い草が茂り、一階の部屋など出窓の直下まで草に覆われている。

 それでも稀に、その日がそうであったが、除草剤が撒かれるのであろう。繁茂していた草や野草の悉くが黄に萎れ、晴れの日が続いた後には乾いてヒビの入った地面の皮が捲り上がる。
 かといって、その日も枯草の向こうの部屋には人のいる様子はなく、ただ目に入ったのは柔らかな産毛に覆われた小さく濃い緑の葉の中に、それでも埋もれずに数知れず生っているヘビイチゴ−−−それが正しい名称なのかすら知らないのだが、ただ、あまりに毒々しく赤く小さなその実は、我々子供達にとって十二分に正しく通じるもので、私はヘビがその実を食べる様子を想像して疑うこともなかった。
 果たしてヘビがおぞましさの象徴として使っていること自体、ヘビを捕らえては振り回していた子供達の行為からすれば少しくおかしなものであるが、大人とて、その辺りの事情はそうは大きく変わらないものであるかも知れぬ。そこにある世界を小ばかにしたいというささやかな野心は、何に故するのであろう。

 数分も止まってはいなかっただろうが、広大な黄一色と深い緑、その中に散らばる赤い点。それらに目を凝らしながら訃報を受けた知人のことを想い出していた。知人というのは失礼な話で、親子二代に亘り仲人を引き受けて頂いたのだから恩人というべきかもしれぬ。
 年始の挨拶のときには、耳にしていた多少の病気や故障の影も薄く安堵していたのだが、寿命ばかりは計り難い。息苦しさを訴えられてから数時間も経たずして会話もままならぬ状態となり、数日で不帰の人となったという。
 幼少の頃の記憶は不自然に鮮やかなものである。どう数えても、しょっちゅう会う機会があったはずもないのに、大変に可愛がられた記憶だけが残っている。子供というのは可愛がられた記憶を優先するものという事なのかもしれない。

 大して暑くもないのに眩しい日光の下にいると、なにか自分がこの世にいるという感触が薄れ、気狂いしていると言われても納得出来る。いや、実はお前など存在していないのだ、と言われても「ああ、そうなんですか」と答えてしまいそうな、そんな気持ちになる。
 昼時であれば太陽はやはり高く頭上から照らし、ほとんど影を落とすこともない。自分の影が見えない時間。

 宿舎脇を抜けるとスーパーからの出入りの人込みに出る。食べ物やら雑貨を大きな袋に入れて、よろめき進む自転車と、路地中の十字路に多過ぎる車と人波を避け、もう少し自転車に乗れば家に着く。
 そこでもやはり、大して暑くもなく、太陽の光だけが真上から強く注いでいた。

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  1. 2007/05/29(火) 19:34:08|
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川原で泣き、歩き疲れ

泣き続ける君と繋いだままの手で
陽光の差す、陰の映る、この川原の先を目指そう
大きな石と小さな石と中位の石とを踏みしめて
聞えない君の泣き声を想い出しながら
足裏の痛みが消える日を望みはしない

一葉の手紙を一緒に読む光さえあれば
君と過ごしたはずの夏の陽は強過ぎ
冬にはかじかむ手で文字がかすれ
春ならば、秋ならば、読むことが出来るのだろうか

遠い小波が岩に吸い込まれ
静かに引く海を追い掛ける風を面に受けて
それでも振り返ることなく想う
長い影を海底に沈めた船の曳く過去の冒険を
異国の女性を渡り歩く船長を

日焼けしたあご髭を撫で
遠い海を見遣る目に
そのガッシリとした体躯であれば
この川原の先に辿り着けるのだろうか
この泣き声を背負いながら歩けるのだろうか

近付くものと遠ざかるものと
全てが音で分かる
空気の震えで分かる
今の僕は何も聞えない
誰も、何も聞えない
川原の先に待つ人を、僕は知らない

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  1. 2007/01/08(月) 13:24:51|
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陽の当たらない山道

陽の当たらない山道にも、この上ない楽しみがある。
楽しくない山登りは、すべきではない。

人跡微かなりといえども、そこに向う人がいたということは、楽しみがあったからだ。
生きるために必要だったからだ。

陽の当たらない山道を歩くのに必要なのは勇気ではない。
歩きたいという想いだけである。

人は陽光の下にのみ生きるにあらず。
陽光に曝されて醜く爛れ身をまとうこともある。

白くあってこその白骨である。

骨は、白く燃えているだろうか。



(初出:2006年03月06日)
  1. 2006/10/02(月) 20:35:50|
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性(さが)

>稲垣足穂の文学は、ムズカシイです(汗)
>男性的な思考で書かれているような…、その感じが似ていると思いました。
by kairouさん

多分、蒼穹の刃に寄せて頂いた御感想。
唸ってしまう。
この「思考・感覚の違い」というのは、何に由来するのだろう・・・
[性(さが)]の続きを読む
  1. 2006/10/02(月) 20:33:14|
  2. 消去一葉
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鬼平犯科帳

今日は珍しく「鬼平犯科帳」のスペシャル!!
ということで楽しんで見てました(笑)。

私は、何故か本より先にTVで見てしまったのですね。
ちょっと残念な気がしないでもない。

[鬼平犯科帳]の続きを読む

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/09/28(木) 17:58:53|
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想一葉、兼訪問帳

だから眠ろう、もう少ししたら
明日の計画を書き込んだノートを手に
今日見た、聞いた、触れた
そんな全てが、いつだって重過ぎるから
持ち切れない全てを眠ろう

by 「無意味という意味」 ちょ:まっく

一言お報せ

1.リンクは勝手に頂戴、削除してます。
  ので、リンクはお気分次第にて(^^;
  リンクがご迷惑な場合は、ご一報下さい。

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拙語に託さざらむ恥想ひ、在りて候…

Author:まっく
想:遠い陽光の中に消し忘れられた落書


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