山向こうの幸せと

幸せと不幸せとを足した涙を流す
幸せであり不幸せである涙と流す

いつでも涙している一人の人に問う
涙は、何故、流れるのか、と
その答えか、涙の人は自分の涙を指差し、
その指先の落ちていく先の草に堕ちたはずの涙は見えない

草葉はいつも湿っている
靴に絡んで露を移し
草葉はいつも湿っている

山向こうには幸せがあるとすれば、誰が山を越えるだろうか
山向こうに幸せがあるということは
誰かが山向こうから帰ってきたことになりはしないか
幸せのある山向こうから

全てが不確定、あるいは不信である世界においてこそ、真実の意味も育てば存立の可能性も見出せることは確かなようだ。真実は常にヌルヌルの姿態を私に擦り付けて甘美に狂わせる。狂気に真実はないなどということは決してないのだ。いや、むしろ逆かもしれない。

明日、遠くで鳴いた筈の、あの鳥を見たいた
「二度目」に見ていた
二度目の鳥が鳴き、飛ぶとき、私は旅立ったのだ
明日、旅立ったのだ

だから今日、私は山に行こうと想う
鳥を見に
鳥の鳴き声を探しに
もし、その時、山向こうが見えたなら
それでも僕は、君の元に帰るだろうと想う
君の元に
君の、下に
2006-10-29 11:42 : 落陽 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

大きいことは良いことだ

日曜日ではない土曜日にツラツラとヌードを眺めていると、どうも女性の胸には大きさという概念がないらしいと気付いた。いや、改めて気付いたと言うべきか。
街行く、あるいは電車で向かい合う、その他もろもろの状況において、女性の胸は凝視すべからざるものという信念でおり、夏のビキニもサングラス越しに見つめると、胸を見ているというよりもパットなるものに込められた技術に想いを馳せてしまうのは一人、私だけであろうか。
しかしこれ(ら)は、男性誌のグラビア等等を見る限り女性のみの責とするのは甚だ理不尽であって、やはり男女による共同作業の結果と見るのが相当であろうかと想う。
今、ここで一つはっきりとさせておきたいのは、私も巨乳(虚乳ではなく)が好きであるということであるが、その理由に関しては全くに不明であって、微々たる胸の隆起にもまた、美しさを見出さないということが必ずしもないわけではないことである。
ここに一つの大きな矛盾を与えるとすれば、女性が一般に「美」を求めるものらしいにも関わらず、こと、その大いなる象徴たる乳房に対しては「美」よりも別の視点、あるいは価値基準を以って望むことであろう。
先に述べたように、私のみならず、相当数の男性が巨乳よりも微々たる胸の隆起に乳房の美しさを求めることは十分に期待出来ることであるわけだが、何故か敢えて想像を断言するならば男性の貪淫の象徴の一つでもある巨乳こそが、男女のコンセンサスによって望ましい乳房像を形成しているかに想われる。
その結果、これも先述したように巨乳たる見かけを有するための涙ぐましい努力が日々、どこかでだれかがし続けることになる。恐らくはCカップもあるかないかの胸は現代日本において決して巨乳ではないはずであるが、寄せて上げて、さらには若干の前屈を加え、正面からこれを見れば、そこには巨乳の証であったはずの谷間が形成されるというグラビアに見られる常套手法も、一方、男性にばかり責を求めるのは事ここに至って妥当であろうか。今や谷間は巨乳と虚乳の、双方の可能性を内在する証拠現象に変化したのである。
房事において淫猥なるあれやこれ、それやこれが役に立つことについては異論は大きくはないと想われるが、さて、現代日本の女性にとって歌麿は淫猥なる存在となり得ようか。
大きいものは良いことだ
という文化的価値基準を他ならぬ日本も持っていた、この歌麿の巨大男根を見て、仮にそれが実物だとしても、驚きこそすれ、よもや、そのようなもので体を貫かれるとは、というのは乏しい私のアンケート調査の結果であり、実際、かかる歌麿を必要とするほどの奥深さは女体にはないものである。
つまり、歌麿に関してさえ、それは
大きいものは良いことだ
という、ただ一事において本質的な意味があることは明白であり、恐らくは、その結果として妄想をたくましゅうする女人がいようともいずとも、それはここでは意味がない。
さて、ここで私は局所増大用吸入ポンプを使用する時間となったことを記し、一先ず筆を擱くこととする。
2006-10-29 11:24 : 落陽 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

依拠

消えた昨日と今日の境目で、やはり失われた夢と生きている時間と
もう一人の私と世界とを知ることでも叶わない、届かない果て
数えられるだけの涙は全て数え尽くした
数えられるだけの笑いを全て数え尽くした
そして数えられる私はいない
白い雲を抱いたエアーを吸い込んで眠るだけだ
ダイヤモンドの結晶を舐めたときの舌の痺れを胸に
窓の向こうにいる私と会えない私と
そうして一つ一つ分けていくと私は透き通った光の中に消える
全てを分け尽くして透き通った光の中に消える
数え尽くす世界を、私を
記憶に追いつけないまま、世界は、私は
指先に残るほんのりとした温かさと濁った氷の冷たさと
それら全てが溶ける私の、あの一点と
その一点に灯る、動かない炎を持つ蝋燭と
動かない炎が激しく燃え上がり続け
照らされた全ての影が遠くまで伸びると
静かに時を終える鐘が響くが
私の鼓動は落ち着かず、激しさを増し、喘ぐ息が跳ね
ゆっくりと凪いでいく、あの海のうねりのように静寂に身を委ねるいやらしさに対する嫌悪だけが存在の頼りです。
おとついに見た、地平線に向かう夕雲の記憶だけが頼りです。
ゆっくりと溶けていく飴を口にしながら見た、あの夕雲の。
2006-10-28 11:13 : 落陽 : コメント : 0 : トラックバック : 1 :

わすれもの

終わる恋を追いかけた夕雲の
霞み多様な夕空のスペクトルに包まれて一人
常に追いかける恋は終わりを待ち
終わらない恋に終わりを告げる疾駆の中で
遠く置き忘れられた私は終われない
終われない私が最後でも

最後だから

最後だから、
2006-10-24 22:51 : 落陽 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

遠い涙

あの人に似た人の通る街角の毎日の、その時間に
その時間は、あの時間と重なるようで
しかし重なりはしないのだが、重なるが故にすれ違う残酷な
残酷な甘美さを遠くから引き寄せるが
さらに遠く、遠く

遠ざかっていき、身を裂く
身を裂きながら、遠ざかっていく

今日の涙は今日のものではない
常にそうであるように、涙は今を流れない
いつでも涙は私から遠く、離れた川をゆく

街角で待つあの人と遠い涙と過ぎ行く毎日と
ノートに綴られた全ての言葉は戻らない過去を
過去を戻らないノートを
湖の畔で一人のボートで眺めよう
季節のない湖の畔に繋がれたままの
漕がれることのないボートの上で
君を綴った積りのノートは白紙のまま所々に染みだけが

鼻寄せたノートに君の香りを探し
あの街角を曲がって、君に似た人を想い出し、
その時間に僕は涙を流してみるが

ボートは一人で乗ると良い
寒い湖の畔、ボートは一人で乗ると良い
そして優しく歌うと良い
あの日の君と忘れた涙と
一人で乗ったボートの上で
揺れて震えて歌うと良い
2006-10-24 22:25 : 落陽 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

お・わ・り なのだ

夢を見終わり、指でなぞる遠ざかった漣の合間に落ちる影に隠れた物語と、木漏れ日の中を歩く昔の君とを重ね合わせた一枚の便箋を前に誰もいない椅子があり、テノヒラから飛び立った土色の小鳥を追いながら過ごす夏の日の真中にあるはずのない一滴の雫を舌に受けて癒す渇きを受止めきれない喉の奥のヌメリが気持ち悪くて吐き捨てた唾を飲み込んだ暗い壷。

そうして知るもの全てが飲み込まれていく暗い壷を無数に抱えながら青い大陸を眺め、黄色い声を糸引き巻いて紫に腫れ上がった指と腐り始めた爪の臭いと恐れが生む正義の腐臭を帯びた下着を吊るした部屋の裸ランプの下で抱き合う男女と男男と女女と男男女と男女女と数えられない男と女とそうでないものと隅に蹴やられた白いままのタオルケット。

「だからタオルケットなんかいらないんだよ、あいつらにはね。」
常に忙しく瞬く目に留めるものなく腹の脂肪を揺らしながら中年女が言うと、隣で作業する若者は胸に抱いたタオルケットが無性に愛しくなり、果てた。
「そのタオルケットで拭きなよ。」
中年女は淫靡な視線を若者の股間に向けながら手を休めずに言うと、若者は静かに下半身を拭って回収ボックスに放った。

(この先は書かない)
2006-10-23 15:32 : 落陽 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

川の流れに

流れを止めたままの川の浅瀬に行き所を失った枯葉が浮かび、崩れられずに人跡を失った橋を渡った低い禿山からの眺望は。
少し遠目に見える暗窟に入り込めば視界は開けるだろうという夢と、渡れない桟橋を揺らしながら君は歌う。
僕と君は常に背中合わせに互いの体温を調和させ、星を見上げながら一人きりで。向こうから響く君の歌声は背骨の振動を伴わず、触れ合っている背中だけが自動調整した温度の中に閉じこもっているはずの君と僕は常に全解放の中で互いを、つまり自分を見失ったまま。

僕の痛みを君に伝えたいと願うだろうか。僕の哀しみを君に伝えたいと願うだろうか。僕の問いを君に伝えたいと願うだろうか。全ては何処に向けられているのだろうか。僕は何に向かっているのだろうか。

君は、それでも僕と背中合わせ。
すべての君は、それでも僕と背中合わせ。

遠い昔、君が語ったであろう話を、僕は覚えている。
確か、孤独という概念を僕達は共有出来るだろうか、ということから始まる物語だったと想う。
そう、孤独という物語と物語という孤独と。
決して語りえない物語を、いかに語るかという夢物語を語るということについて、ずいぶんと長く聞いた記憶がある。<それ>が、私達の全てではなかろうか、という君の強い信仰であることも。
結局、私達は<それ>を巡って近付くことが出来ず、やがて君は永い沈黙と微かな吐息という頑なさに包まれて動けなくなり僕に背凭れた。
だから僕は、今でも呟き続けている。その呟きが、たれに語るでもない、私達の物語である。

凍ることが出来ない冷たさを知っている川を渡ろう。
足先の僅かな血液が馴染んだ温度が体を巡り、やがて、きっと僕は川となる。
君の瞳に映るだろう<それ>から始まる全てと終わる全てと。

僕達は流れる川を知らない。
僕達は、流れる川を見たことが、ない。
2006-10-23 14:13 : 落陽 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

貝塚

[強]にセットされて唸る換気扇の周囲に吸われぬまま漂う煙草の煙と。
朝に、大抵の月曜日の朝に、いつも目にした吐瀉物を片付けた跡
片付け切れなかった僅かな残滓を覆うラッシュの人波は、残滓よりも嗚咽にまみれた臭気を放っていて

それらを<過剰>と名付けたなら

美飲美食の末姿

ホテル街に風抜ける萎びたコンドームと違い、
公園のコンドームは中身を湛えて
中身と言っても明日には死んでしまう幾億もの、人の片割れ
人の断片を抱いたまま風雨にさらされ、下水に流れ込み

常に<過剰>は過去として
一杯一杯の今を嘲笑って路面を狂い転げ
私達は逆らう術なく黙り
<過剰>に<過剰>を積み重ねることが

幾度、振り払っても消えない蜘蛛の糸が、やがて芋蔓に糸と蜘蛛と木の葉や木の実、ゴミさえも携えて蓑を成して眠る私に
永遠に眠る私にさえ吐瀉物は降り掛かり
遠い砂浜の中で静かに蹲る、もう一人の私は夢でしか

静けさが淫靡な空気に包まれて

飛んで行く雲の一片を口に咥え
眼下に近い君を想おう
僕の全てを君で満たしてみよう
2006-10-20 10:25 : 落陽 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

ヒトカケラ

僕はヒトカケラでありたかった
あの広い夜空のヒトカケラで
星がどれだけ無限にあるとしても
夜空は星だけではなかったので
僕は、そのヒトカケラでありたかった
星も月もヒトカケラだと
だからヒトカケラだと
ただ何も考えずにヒトカケラでいたかった
痛みや哀しみはどこに行くのだろう
どこから来たかは、どうでも良かった
どこに行くのかだけ、それだけでも
誰も知らないということだった
だからヒトカケラになれれば
痛くて哀しいヒトカケラになれれば
それは、それで

僕を通り過ぎて行く全てよ
全てが通り過ぎて行く僕よ

時間の逆流する公園のブランコを漕ぎながら
雲は後ろ向きに流れ
ベンチの詩人は白紙になっていくノートに向かい
これ以上ないほどの正確さで逆流する時間が
全てに復讐する様をブランコの上から眺めて

やはり僕は
ヒトカケラでいいと祈る
ヒトカケラに閉じ込めて欲しいと祈る

どんなに、どれほどに

ヒトカケラに閉じ込めて
僕を忘れて
僕のいない時間を作って

全ての不幸は
僕が作っている
2006-10-17 21:30 : 落陽 : コメント : 5 : トラックバック : 0 :

涙のある場所

君との別れ際に置いてきた涙は、いま何処に

青空の下を歩くと、きっと君は足早になるのだ

波と波との間に沈み込み、仰ぎ見た空

灯台に登りながら僕は目を回してしまった

いつか遠くに、ずっと遠くに行こうと

霞んだ夕陽が留まっていてくれない夕暮れに

川音が枕を過ぎて

遠ざかる蚊の羽音

雪が、チリチリと降り始めてきました
2006-10-17 21:13 : 落陽 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

あまりに遠過ぎて近い

隣の人の眠った瞳には月が映っていた
透きとおった青い瞳に、細い下弦の月が映っていた

踏み過ぎた砂も今はもう
夏の青葉には一塊の毛虫がたかっていた
陽炎に揺らぐアスファルトの上の青葉の上に

枯葉の終わりが遠ざかる通り雨に
私と私の知っている人と、私の知らない人とが全て
すべて打たれながら塊を見つめていた

柱時計の前に集い見つめる人々は無言のままなのに
人形は<そのとき>には必ず舞う
ひとしきり舞う
人々は自らの子等の手を離し
子等は人形と共に舞い笑う

厚いワックスの塗られた電車の床が波打ち
私達は静かに到着駅を待つ
 到着駅・・・?
 そう、到着駅・・・

懐かしい母の愛した花から石が落ち
飛び飛びに暗闇に続く、その先に一歩
花は、いつ枯れてしまうのだろうかという不安と
暗闇に続く飛び石の誘いと

きっと全ては、儚げに見えるすべては
そこにあったという記憶を確かにするためで
いつまでも、いついつまでもあったなら
私達は忘れてしまうから
永遠の存在は忘却の招待状で

眠り続けることで続かない夢は
目覚めた後に想い出せばよい
想い出せなければ作ればよい
だから僕は、君の夢の中にだけいれば、よい
2006-10-17 20:47 : 落陽 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

 の中にいるのか?

僕は言葉を失って。
それは語るべき時を失うと言うことでもあるのだけれど、真っ白な水平線だけが残った。どこまでも真っ白な、ただただ水平線である水平線だ。水平線を、ただ前にして僕は立っている。ただ立っているだけ。
なのに時間は、やはり過ぎていくことを忘れることはなく。
時間が僕を忘れる、というようなことはあり得ないのだ。
ただ、僕が水平線の前に、真っ白な水平線の前にいるということ。それだけが頼りの屹立は。
雲が動かない。
それなのに時間は確実に過ぎていく。
「過ぎていくこと」がどういうことなのか?それすら分からないのに時間は過ぎていっているのだ。多分、それだけは私の確実な実感、いや、すがれる唯一の幻想的実感であって。
だから
いや、だからではない。それを理由にしたら嘘になる。
嘘?
では、嘘ではないものがあると想うのか、私は?
嘘でないものを誰と共に語ることが出来るのか?その虚しさを、どれだけ経験したら僕は・・・
君の乳首に吸い付きながら流れる涙を吸い、君との僅かな、いや本当はあるはずのない絆を掴んで、掴んだと想って。

きっと遠くでは砲撃の音が響いているのに、僕には聞えないし、聞きたいとも想わない。
砲撃の音が聞えたとしても僕は言葉を失ったままでいることは間違いないようにしか想えないから。
そういったら少しは格好がつくだろうか?それだけの動機にしか、砲撃の音が鼓膜を震わすことだけの力すら宿らない。
信じられるだろうか?
僕は、この腕が、足が空中を飛んでいる瞬間でさえ、僕なのだ。紛れもなく僕でい続けることが出来るのだ。

泣きたいのに涙が流れない、涙が流れているけど泣きたいわけじゃない。
きっと、そういうことなのだと想う。
僕は確かに立っている。
立っているのだけれど言葉を失って立っている。

僕は、確かに立っているのだ。
2006-10-16 17:45 : 消去一葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

彼方へ

僕は貴方を求めているのだけれど、貴方は姿を見せてはくれないのですね
もっとも、僕は貴方のことなんか ちっとも分からないから求めているのだけれど
でも、ちっとも分からないから貴方のことが訳も分からずに怖くって


そう、多分、僕は貴方のことが怖くって仕方ないんです
それなのに、貴方のことを求めている、幼子なのです
乳飲み子が乳房を恐れたら求めても与えるのは難しいですね

そんな簡単なことも分からない
いや、そんな簡単なことを・・・

貴方が怖い、と想うことで自分を許してあげたいのでしょう

貴方が怖いのではないですね、本当は
僕が臆病なだけ
臆病だから怖いだけ

僕が臆病だなんて想いたくないだけ

貴方に逢えるほど、私は自分が臆病だと もっともっと知らなくてはいけない
臆病だから、もっともっと強くなろうと頑張らなくちゃいけない

だって、それは私が自分で求めていることなのだから
そう、誰でもないのです
貴方を求めているのは、この私なのです



(初出:2006年06月21日)
2006-10-03 19:52 : 消去一葉 : コメント : 0 : トラックバック : 1 :

陽廻り

夜遅くまでゴソゴソとしていると 早起きは厳しいものです
布団を這い出した私を 世の中の全てがパチリとした目で見つめてます
そんな目で見つめられると 私は一体、何をしたら良いのか戸惑ってしまうのです

東向きの窓は既に昇陽を見送り、南の斜光に光り輝いております
とは申せ、何もせずに過ごすわけにも参りません
そこそこに口を糊する程度には何かせねば、とゴソゴソ ゴソゴソ

そうこうしているうちに二度目の朝陽が私の背を照らすのです

東西に向いた窓は奇妙なもので 昼日中は寄る夜中に似ております
光の方角が分からないというのは夜道を歩くのと同いことなのですね
私は二度目の朝陽を大変に好いております

陽中を行くも暗中を行くも 私は少し戸惑ってしまうのです

少し斜めの、少し遠慮がちな優しい陽を浴びて歩くのが私は好きなのです
あなたと私の影が楽しげに重なるようで



(初出:2006年06月07日)
2006-10-03 19:51 : 消去一葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

手裏剣術

武術の先生と話していて手裏剣の話になった。
先生は、楊枝を畳に刺せるという。
これは難しい・・・

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2006-10-03 19:50 : 消去一葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

「こころ」と「友情」の想ひ出

小学校中・高学年時の担任は非常に変わった人であった。
教育に熱意はあったのだろうが、後年になってつぶさに想い出すと、
その「熱意」は、ある種の歪んだ心根から出ていたように想う。

小学校の教室というのは恐ろしく閉鎖的な空間である。
私は、自分を至極、素直な方だと想っているが、
カリスマを自己演出して気付かない彼と長く温和な時間を過ごすことは当然に出来なかった。

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2006-10-03 19:47 : 消去一葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

「追い越す」ということ

先日、お袋がバロックのCDを聞いていたので聞くともなしに聞いていると、結構、これが面白い。というか、ジャケットを見て「へぇ~、これバロック時代のじゃん。」とミョーな感心をしてしまった。
以前、源博雅の笛譜の再現を試みたCDを聴いたときにも「あら?雅楽って、こんなだったのね・・・(@@;」と驚いたことがある。竜笛一本だったので和音の展開は置いておいても、メロディーの豊かさには驚いた。
最近では東儀さんという方を通じて雅楽はツマランばかりでもなさそーだ、ということを知ることが出来るわけだが、少し意味合いが違う「面白さ」だ。

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2006-10-03 11:55 : 消去一葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

紙虱

妹と二人、ある時は父の背に乗り、ある時は腹上に抱かれ、
遠い記憶にある父は、いつも本を片手にしていた。
印刷会社に勤務していた父は、様々な余本を持ち帰っても来てくれた。
といって、父が高尚なものを手にしていたわけではない。

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2006-10-02 20:37 : 消去一葉 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

陽の当たらない山道

陽の当たらない山道にも、この上ない楽しみがある。
楽しくない山登りは、すべきではない。

人跡微かなりといえども、そこに向う人がいたということは、楽しみがあったからだ。
生きるために必要だったからだ。

陽の当たらない山道を歩くのに必要なのは勇気ではない。
歩きたいという想いだけである。

人は陽光の下にのみ生きるにあらず。
陽光に曝されて醜く爛れ身をまとうこともある。

白くあってこその白骨である。

骨は、白く燃えているだろうか。



(初出:2006年03月06日)
2006-10-02 20:35 : 消去一葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

神話の始まり

モノの本によると物語、ストーリーというのは既に神話時代に原型があって、後代のものは全て、その類型をなぞっていることになるらしい。
この「類型化」というのは、学問の基礎みたいな「分類学」に似て、誠に研究者らしい作業で、私は大嫌いです。
いや、自分がするなら嫌いではない。
人が類型化するのが大嫌いなのです。

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2006-10-02 20:34 : 消去一葉 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

性(さが)

>稲垣足穂の文学は、ムズカシイです(汗)
>男性的な思考で書かれているような…、その感じが似ていると思いました。
by kairouさん

多分、蒼穹の刃に寄せて頂いた御感想。
唸ってしまう。
この「思考・感覚の違い」というのは、何に由来するのだろう・・・

続きを読む

2006-10-02 20:33 : 消去一葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

銀河マティニ

扉が重いのは何も高級素材を使っているからとは限らない。
蝶番が古くなれば、それだけで重くもなる。
扉の上で捲り返った薄板がプランプラン。
デザインに凝った取っ手もメッキは剥げる。


人の出入りの寂しさに甘えて、そんな扉をジッと眺めてみる。
なんで、この扉を開けたくなるのだろう?
開けても出れば良いだけのことではあるわけだが、ね。

コートをすり抜けた氷風が先に店に忍び込んで、代わりにいつもの声が響く。
(姉さん、またやってるな・・・)
なんとか避難出来れば良いのだけど、それもままよ。
 グギギ、ギギ・・・

「おばんです」
マスタアは苦手なメニューでも頼まれたらしい。
そんなに険のある眼で見なくてもいいじゃないか、
と人差し指一本を立てると、また格闘の再開だ。

 だから、あんたみたいにショボクレタもんを持ってるのが気に喰わないのよ、分かる?
 勃つんなら勃たせてみなさいよ、情けないったらありゃぁしない!

姉さんに言われりゃ、誰でも萎むと想うけどな。

兄さんはカウンタア奥のストゥールに胡坐して、
いつものノンチェイサーのストレートを舐めながら、
シガレットの灰がどこまで伸びるか研究中だ。
いや、もう一方の手に持った本に夢中だ。

兄さんの後ろの少し低めのテーブル付きストゥールが、やはり安心出来る。
カウンタアのマティニを一口舐めて席に着く。

兄さんにも一つ、マティニを。
姉さんにも一つ、マティニを。
マスタアにも一つ、マティニを。
絡まれてた貴方にも一つ、マティニを。

兄さんは少し渋い顔をしながらマティニを眺めてる。
姉さんはオリーブをカリッと噛んで遠くを見つめてる。
マスタアはグイと飲み干して格闘を始めた。
貴方はグラスを手に戸惑っているね。

マティニの中には、淡い光が踊っている。
マスタアは心得ている。

グラスの中で、静かにマティニになっていく。
ノンシェイクのマティニを飲むのには、
今しばらく時間が必要なのだ。

そう、ほんの少しの長い時間が必要なのだ。



(初出:2006年03月01日)
2006-10-01 11:05 : 落陽 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

更ナ日記

朽葉とて 踏み砕かれるとは よも想わじに

解題)
作者が歩いている最中に踏み砕いた朽葉も、青々と茂っていた頃には、このような身にやつすとは想わなかっただろうに、との意。
参考:恋せよ乙女、花の命は短くて

(初出:2006年02月28日)
2006-10-01 11:04 : 消去一葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

蒼穹の刃

確かに嵐は、月のせいじゃない

それでも右の指先を陽の方に伸ばすと、
急速に鋭くなったやいばは未だ深き闇高く、
それは高くに切り込むのさ

左眼さがんに遠映えるさざなみは、澄まし朱して深懐か
奥には黄色く醜い骸骨が、
忌々しげに舌打ちしつつ「一時さ・・・」と嘯き、包み込まれているらしいけれど

痩せ細った腹は、それでも陽を受け、紅く紅く燃えている

星々の囁きを切り裂きながら、
鼻先を掠めて闇をあばかんばかりに過ぎる刃を受け、
月は急いで、ホライズンに佇む太陽に寄せ身した
頭を出そうか迷っている最中に、迷惑じゃぁ、ないかい?
昨日の嵐は俺のせいじゃぁ、ないんだよ

確かに嵐は、月のせいじゃない

たっぷり大雲を飲み込んでた荒波も
そこから長く黄色く伸びたあの骨も
骨に捕まり闇海に喰われた友の翼も

確かに嵐は、月のせいじゃない

左の指も伸ばしてやれば、薄刃は遠くの雷雲を切り拓く
両の瞳に映るとて、天海定かならぬ闇の閃光一筋きりさ
痺れ切った刃もいつまで保つやね

確かに嵐は、月のせいじゃない

確かに、嵐は、月のせいじゃない



(初出:2006年02月28日)
2006-10-01 11:03 : 落陽 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

癒されて、安心して、どこへ?

当ブログも参加している人気ブログランキング(*現在、不参加)を上から訪問。
つらつらとブログを見させて頂きながら少し驚いた。
未だに癒し、安心・・・そういったジャンルの方が多く、また求められているらしい。

続きを読む

2006-10-01 11:00 : 消去一葉 : コメント : 4 : トラックバック : 0 :
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想一葉、兼訪問帳

星々の冷却(書肆侃侃房)
渓谷0年(オンライン版)
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【 無意味という意味 】
すこしの風を追いかけて
【 短文 】
大海にも降る一滴
2015.07.17.

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