ヤモリ

我が家にはヤモリが定住している。数年おきに世代替りしているのだろうけれど、大抵は気付かない。
親子関係になるだろう少し大型の個体と、少し小型の個体、その区別だけが手掛かりだ。宅地化が進んでもヤモリが定住出来る環境なんだな、と少し不思議な想いにも囚われる。

ヤモリというと、あまり好まない人も多いだろうけれど、顔は大人しく、意外とチャーミングだ。
捕獲したいと想ったこともあるのだが、如何せん骨が極度に弱い生物なので諦めた。

昨日・・・一昨日だろうか、親子と見られる大型・小型の個体が二体、玄関のガラスに張り付いていた。今晩は小型の方だけだ。そろそろ秋も深まってきてそら寒い。冬眠の準備も忙しいのだろう。

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2013-09-28 02:09 : 消去一葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

その永さについて問う

物差しをひっくり返し測っても、きっと歩幅は変わらない
その幅でしか歩けないし、歩かないのだ
だのに一足で地図を見もせずに跨いでゆく人はいない
どれ程、小さい地図であろうと跨がずに覗き込む
どこに自分がいるのであろうかと、どこに向かうのであろうかと
その場所がどこであるかと知ることが出来ずとも知ることが出来ても
特に変わることなどないし、変えることなどないというのに
同じ歩幅でしか歩くことなどないというのに

地図の描かれ方も特に問うことはない
見ることだけにしか意味などありはしないのだから
始めから描くことすら必要ないのではないだろうかとも想う
歩き続けながら地図を見取るのも困難だし
ナビの声に従った方が楽でもあるし
そこに地図があるということ、地図に視線を投じること
それだけが存在していれば良いのだ
そして同じ歩幅のまま歩き続けていれば

長さについて語れば語れるのだろうか
いつも触れている大気との距離と夜空に光る星
その間の空間の長さは何によって語られるか
いつかの過去から現在まで、現在からいつかの未来まで
それも長さとして語られるのか
問い掛けたいはずの貴方との距離の遠さも長さなのか
ならば長さは失われたものとして現れた
もう、見出すことが出来ないものとして現れたのだ
物差しを取り出した引き出しを押し込み
窓を開ければ、夜は近かった
2013-09-27 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

川端の眠り、逃げ水の記憶

眠れない夜ほど心地良いので眠れる夜は遠ざけてしまいます
逃げ場を失った逃げ水を君は踏むだろうか

水のない、その場所を踏んで跳ねる水の音
足の沈みゆく、ないままの水面
乾いたままの君の微笑に凍ってゆくだろう時の流れ

眠れない夜に歩く路面に逃げ水を探し
見上げれば満月は大きさを増して中空を彷徨い
空を覆う光は遠く、深夜の電車の音は近く
揺れる穂を追い掛ける風のように去る背中は見えず
それでも君は、もう逃げることのない逃げ水を踏むのだろうか

人気のない廊下が校舎を包む時間
私達は独りきりの二人の時間を抱きながら空を仰ぐ
なにも訪れることのない過去を手に
追い掛けるなにものも持たない過去を創りながら

雲の出来るまでの間だけ光る太陽の下
駆ける友人たちの声は一際、明るいものだ
ボールの跳ねる音は、更に明るいものだ
ただ暗いだけの室内には何も見えはしないまま
荒い息だけが響き続けている

汗の滴る音を川音に見たて、ほとばしる喘ぎ声を波音に見たて
過ぎた夏を取り戻すためだけに私達は抱き合うだろう
秋を持たない冬は近過ぎ、台風のニュースを記した新聞が褪せている
いくつかの激しい雨に打たれ
歩いたはずの舗装路は川に変ったまま
流れる先も知らずに幅を広げて街を覆ってゆく
2013-09-26 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

歩き続けた一日の終わりは来ないまま

ただ裁かれるためだけに落ちる葉は
肩に絡み付いて離れようとせず
振り落とされた過去と未来とは語り尽くされたか
垂直に切り立つ水平線を登ってゆく曳船に
託したはずの忘れてきたもの達を想えば忘却だけが想い出され
もう一度、海を離れて街の喧騒に戻る夜に引かれ
一際、輝く一番星を見付けて歩き出す
降り出した雨の温かさと冷たさとの区別は出来ず
温かく冷たい、暖かくもなく冷たくもない雨に打たれ
伸びる先のないアスファルトは白く照り返し
雨よりも早く夜が舐めてゆくのを待っている
どれだけ繰り返しても裁定不能なことばかりを踏み歩き
街に辿り着けば人影は絶えていよう
空腹だけを頼りに人々は集い語ってはいるが
聴こえない声ばかりが身を打ち砕いている
もし光ることが出来るのならば
あの一瞬で消えた夕空の流れ星のように
誰にも知られずに消えてしまった流れ星のように
葉が波に砕かれる音が響いている
けれど、それも遠過ぎて聴こえはしない音なのだ
ただ響き続けていることだけを知っているに過ぎない音なのだ
2013-09-23 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

切り取った夜には

流したい、その涙が見つからないまま
哀しみは通り過ぎることもなく、訪れることもなく
ただ遠くで、ただ昔のままで、待っているのだろうか
舞う葉に伸ばす手の震えが時を止めたまま
もう戻れない場所と、もう戻れない時間を指し示す

記憶の中でだけ生きている通りに車は通ることなく
二つ影だけを歩ませてみたいのだけれど、そんな記憶はあったのか
風化し続ける風景の中で書き記される詩は何も語らず
道がないままの地図だけが描かれ続けている

未来の雨だけが涙に変わるのかもしれないと想い
続く先のない道を、戻る先のない道を、歩いてはいるが
微かな哀しみに触れた旋律が示す空に星はなく
独り歩む月の速さだけが全てを支配している

見失った風の届けられた先でだけ記憶は受け継がれ
知られないままの時間が過ぎている
波音に揺られた月明かりは灯火に受け継がれ
過ぎることを忘れたまま記憶が置き忘れられる

永遠の、その一瞬だけを切り取られ
差し込まれた刃の鋭さに凍ってしまう世界などいらないのに
そんな世界の川の流れに幾枚もの葉が流れ
遠ざかるばかりの海辺を目指す

流れるのは、いつも意味のないものばかりなのに
見出したい流れは消えてしまったのに
どこにも行くことなど出来ないのに
どこにもいることなど、出来はしないのに
2013-09-22 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

ブラインドを眺めながらの散歩をしよう

理由もなく止まらない涙が流された時
世界を九十九に切り裂く叫びは響き
積み重ねた下の下、底流が、そっと少しだけ動くかもしれない
あるいは全く動くことないままかもしれない
その、どちらも同じ哀しみを共有しているかもしれない
違う哀しみを共有しているかもしれない
全く違う哀しみを共有化しようと試みているかもしれない
全く同じ哀しみを分割し、あるいは無きものとしようとしているかもしれない

秋の稲妻は激し過ぎるものだが
そこだけが安全と言われている車の中は既に酸欠である
雨は降ってはいないというのに降っているように見える
激しく車を打ち、世界を浸しているように見えてしまう
秋に重ねられてしまう哀しみは哀れである
だから捨てられなければならないし
それ以前に切り裂かれなくてはならない

 壊れたまま流れる星と光り続ける星と
 夜に立ち寄る秋と、その静けさの中でだけ歩く

春に想い出したばかりのことは遠過ぎて、もう冬眠し始めている
季節など、とうに捨てた海は穏やかだ
愛される海に季節は訪れることがない
捨てる先のない哀しみは生まれることがない
哀しみを重ねられる海は、もうないのだ
(微かな波音だけが忘れられないように響き続ける)

ブラインドを使うのは止めた方が良いと想いながら
少しだけ部屋の見える街を歩き続けている
少しだけこちらの見える街を歩き続けている
狭苦しさに耐えられない部屋にしたら良いのだ
どれだけ息を堪えても堪えられない部屋に夕陽を入れ
(貴方なら朝陽も入れようとするだろう)
昼は忘れられた時間として過ごせばいい

想い出す時間を持つために使われたブラインドは
粗大ゴミの日に埃まみれになって供出される
積み重なるブラインドの数だけ、街は明るさを取り戻す余地があったのだ
その明るさを集め燃やすことで街は再生するというのか
リサイクルすれば再生するというのか

いつも同じメニューでしか営業しない定食屋には主人がいない
ただ訪れ、ただ待ち続ける客達の沈黙とテレビの音と
雑誌をめくる音だけが満ちる
拳銃が弾けた音は遠くへとすり替わるし
流された血に沿って雨は降り、川は流れるし
秋だけを残して全ての季節を失った街の中で
哀しみは持主を求めて彷徨い続けている
2013-09-21 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

往来する夜を去来する夜

遠くに行けない過去は川の流音に沿って行き来する
いつ来るかを知らない、その時を待ちながら
遠くから来たままの姿を変えることも叶わずに
傍らを海の音が通り過ぎるのを感じながら
それを聞くことも叶わずに眠っているのだ

戻る巣を忘れた鳥は電線に夜影を晒し
置き残したヒナたちのためにと貪った虫で腹は膨れ
吐き戻すことも出来ないまま見えない夜に震え
闇すらも飲み込もうと一息分だけは鳴く

通りを抜ける人ごみの上でヒナたちは戻らぬ親を待つ
訪れない餌を待ち続ける
そこでは過ぎる時間は過去にはならず
いつまでも現在で在り続けているのだ
親は過去となり、餌は、現在に留まり続けている

いつもの夜は、そうして過ぎてゆく
語られるべきことは、もう過ぎたし、まだ来ない
語り尽くしたことは、もう過ぎたし、まだ来ない
ただ残された夜の中でだけでしか眠れずに
知らない声だけが、静かに、いつまでも響いている
2013-09-20 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

九月の空を行く

想い出せない八月を抱えたまま九月が重なってゆく
次の月に想い馳せられないまま九月の日々が重なってゆく

地図に重ねられた月めくりのカレンダーは今年のものではなく
今年ではない今日を指差せば辿り着けない場所を示す

歩くスピードを合わせるものを見出せないまま
立ち止まったまま見上げる空だけが明るく流れ
雲の行先に視線だけが遠のいてゆく

知らない面影だけが記憶の底から蘇り
夢であろう現の中で手を握り、その温もりに縋り
もう一度、忘れてゆく、そのことだけを覚えている

車は、もう走ることがない長い道を
人が、もう通ることがない長い道を
ただ独りで歩きながら満月の夜を探し
あまりに明るく照る道に目眩を覚え
少しの肌寒さで九月を想い出している

地図には記されているのに、ない、その海を
どこまでも広がっているだろう、その海を
波浪だけが広がり続ける、その海を
想い描くだけの岬さえ与えられることはない

決して残酷なわけではない
ただ、それが九月であるというだけのことで
流れる涙が止まらないことがあるというだけのことで

いくら探しても見つからない月を求めて
流れる星の尽きる場所には愛がある
流れる星の始まる場所には物語がある
流れる夜空は、もう、少し耐え切れない寒さを湛えている
2013-09-19 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

秋空の下、想い出される夏は次の夏にすり替わる

朽ちるためだけに備えられた翼が抜け落ちた直後
大地に触れるまでの間でだけ
言葉は絶え、私達の眼は見開かれ
星の瞬きの意味を理解し、空の輝きを見る
それが忘却の前兆である

秋の始まりの一つは夏を想い出せなくなることだ
夏が生き続けているのは抽象化された季節の中でだけだ
恋人は想い出されず、二人の時間は過ぎ
語られ始めた恋は、その時に本当の終わりを迎える

逃げ水のように追い掛けるだけ去って行く日々を
それでも生き続ける亡霊として歩く川べり
川水の寄せる力はどこから生まれるのだろうかと
風の絶えた空の下、眩しい陽光は懐かしい季節の残滓として
幾度も、幾度も記憶の涙として訪れる

堤防の向こうから来たというのに、その景色は覚えていない
堤防の向こうの景色も記憶から漏れ
ただ向こう側としてだけ想い出されるだけだ
恋人は堤防の向こう側にいるのである

川を流れゆくものから上流の様子は知ることが出来ない
誰しもが川とは関係ないものを川に流し
そのまま立ち去ってゆくばかりだし
流されるまま、何も変えずに川は流れるばかりだし
雨すら、もう忘れて久しいし

薄墨を更に薄めた色で雲は雨の気配だけを運び
見えない濁りを更に濁らせた色で風は世界の気配だけを運んでいる
光の重なりの中に背を向けて去って行く人たちと見送る人たちと
それらの景色を記憶しない人たちと
懐かしさだけを残して翼は大地にひれ伏したまま
違う空を見ながら同じ空を想い、仰向けになり大地に戻りゆこう
2013-09-14 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

終わらない街が造成される

モノクロに染まりゆく街の中にあってすら
消えることの出来ない影の呻きは響き、足踏む場は失われ
絶える足音だけが記憶されるように記され
決して失われない行先に縛られる宿命だけは記されず
白でも黒でもないままに繋留されたままである
意志は、奪い尽くされなくてはならないのだった

鮮やかな飛行機雲のように画然と空は割られ
醜怪な自由が雨のように降り注ぎ
モノクロに染まることなく街の全てを打っている
それでも呻きは、影だけに留まることが出来ようか

 拘束具の中でだけ快感を貪る女
 拘束具の外でだけ拘束される男

一日の終わりは失われ、昨日が、一昨日が蘇る
それは夢のような瞬間で
最高速で走る車が迫りくる、あの一瞬のようで
過去は全てを晒して奪い尽くした未来を提示する
モノクロに戻ることだけを許す未来だ

薄い白も、薄い黒も許されない
許されたのは、ただの白と、ただの黒だけである
ドットで穿たれ射抜かれるように全ては回帰する
何事もなかった、その時に

星に問う暇を、その祈りを聞く暇を得ることが出来るだろうか
あまりに単純な全てを哀しみながら空を単純に周回し
そのことだけを告げ続けてきた星に問う暇を
哀しみに耳を傾ける暇を
愛を一度だけ問い掛ける暇を
2013-09-13 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

ツギハギだらけの天文図鑑

天文図鑑から月を切り抜き窓に貼る
ちょっとしたコラージュが透明なガラスを昇ってゆく
夜から昼へと戻るように昇ってゆく
切り抜かれた世界は、そうして静かに世界を変え
気付かれないままの仮象だけへと変わってゆく
仮象には更なる仮象が切り張られ、重ねられてゆく

 猫の群の中に放り込まれた一匹の犬は
 主を見出すことが出来ずにウロウロと彷徨っている

どこからも遠い岸辺には誰しもが持つ憧れが漂着し
どこからともなく出ずる輝きは光柱となって空を射抜く
射抜かれた幾つもの点から空は曇り始め
いつもの曇天へと戻り始め
やがて激しい雷雨が漂着物を岸辺から奪い去ってゆく
そうして何もない砂浜には、足跡だけが点在したままだ

足跡の深い闇には私や貴方や彼らやの死が住まう
それは翳ることのない闇である
足跡の浅い縁に切られた陽の光は
今にも翳りを消し去ってしまいそうで
実際、幾度も陽光が薄く過ぎ去って行ったのだ
それでも残響する足音は闇の中にしか留まれない

線路向こうの花々は笑っている
彼らは地中を通じて残響する足音を知り尽くしているのだ
陽光だけしか見れない宿命で空のことを知り尽くしているのだ
蕾のまま、咲き始めたまま、咲いたまま、萎れゆくまま、枯れるまま
花々は態様に応じて笑い続けているのだ

コラージュした月を重ねた時だけ、彼らの笑みは凍ったが
それは、ほんの一瞬でしかなかった
その後は更に乾いた笑い声が一層、高く響いてくるのだもの

閉じ忘れ、切り抜きを戻し忘れた天文図鑑はどうなったか
次の人が新しい月を描いたに違いないのだが
残念ながら、その月を見るのは、更に次の人だけだ
見ることは切り抜くことだし、貼り付け描くことだった

星と星とを結ぼうとする古代の野望は
切り貼り出来ない夜空を創造する大いなる企みだったが
そこに月と、恐らくは太陽とが含まれなかったのは希望であった
実に太陽と月とだけは古代の野望を嘲笑い
その創造に与することを潔しとはせなんだ

誰の物にもなりやしないよ、とばかりに
手を取り合いながら、めいめいに定めた航路を飽かず昇り沈みする
太陽と月の光を交互に収めながら
その掌は孤独な光に満ち、何ものも手にすることなく
椅子の肘かけから静かに零れた
2013-09-12 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

無風帯が往く街を降る雨を待つ

ガラスの亀裂を縫って、灯は漏れ出ている
その温もりを辿りながら無風帯は広がることも出来ず
窒息したまま街のあちこちを揺蕩っている
その息苦しさは心地良く、静かな死を遠ざけていて
荒々しい闇と隣り合わせにあることに満足さえするのだ
外部では吹き上げられた様々な街模様が乱れていて
乱れた整然さで舞い、激しい雨を待っている

 黄泉の身近さに安らぎを覚えるのは新しい人たちである
 植え付けられる恐怖は新しい人たちに及ぶまで生き残るけれど・・・

哀しみの補助線は重なり過ぎるのだ
重なりなど大してあるはずもないであろうのに重なり過ぎるのだ
何本も引かれた補助線の高度は違うだろうし・・・
だのに交わらないままに重なり過ぎる

 いつも下らな過ぎる(と「言われること」)ことが重要である
 歴史は下らないことの積み重ねでしかないからこそ重要である
 黒板の不快な音を一層、高くしながら歴史教師は、そのことを伝える

深夜テレビ番組は静謐さに満ちている
視聴者とは、視るだけの人、聞くだけの人
聞かないだけの人、視ないだけの人
ただボタンを押してしまうだけの人、押してしまっただけの人
消し忘れただけの人、消すことが出来ないだけの人・・・
これらも重なりの一つと言えるのかもしれない
重ねられること、その意味を問う気はないけれど

夜、眠りをまたいで交わされる会話は
物語が会話によって断たれる証明の典型となろうとしている
会話が終わることによって物語が始まってしまうので
恋人たちとは会話を続ける人達、そう定義されるかもしれない

雨が降り始める雰囲気を保ったまま
いつまでも降ることはなく雲の形が変わり、あるいは入れ替わり
空は無風帯を通り抜けながら脱皮し続けていた
2013-09-11 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

九月の空を泳ぐ魚群の拡大像

水面に撥ねつけられ、魚は空を泳ぐ
斜めに立てられた姿見に映る見えない私が
どこまでも跳ねてゆくようなものだろうか

通りを続けて過ぎる二台の車は、いつも同じ車間で走っている気がする
二つのタイヤ音は同じ間隔で、同じ響きで通り過ぎてゆくのだ
二台が通り過ぎ、少し経つとバスの乗降口の開く音がする
運行表に従うことはないのに定刻に来るバスだ
バス停には、誤っているはずの定刻を目指して誰もが諦め集う

いつもより高い視線から見る風景は神の視点に飲み込まれる
そこに私はいないので、世界も美しいまま通り過ぎることが出来るのだ
神の高さから見る空は定めたように白い雲を流し
定めたように暮れる陽は西向きのガラスに反射し
衣は神々しい血の色に染まりながらバスの床を擦っている

穏やか過ぎる秋を待ち切れず
時は優しい壁となって立ちはだかっては私達を静かに押し返す
愛していたはずの人からの手紙だけが届き
愛しているはずの人からの手紙は届かないまま
屑籠だけが未開封の手紙で満ち
それ以上は受け入れられないまま立ち尽くしているのと同じなのだろう

貴方に聴こえない秋の音を、月を指差しながら語るけれど
その月の姿に秋の音は決して重なることはないのだろう
私は独りだけの秋の音を聴きながら
独りだけの秋の夜を眠っているに違いない
貴方が独りだけの秋の姿を眺めながら
独りだけの秋の夜を眠るように

私達は、どうして、そうして撥ねつけられてしまうのだろう
幾度も撥ねつけられ空を泳ぐ魚のように知らない私が泳ぎゆく
姿見を合わせ鏡にしながら、その果てを知ることが出来たなら
私達は撥ねつけられなかったと言えるのだろうか
どうにも、そうとは想われない

きっと撥ねつけられてしまうというのは幻想なのだ
どこまでも残酷な幻想の中でだけ、私達は私達であることが出来るものだから、その外に出ることなど、自らに赦すことなど出来はせず
撥ねつけられるだけの幻想世界の残酷な優しさに甘えたままで、定刻に昇り沈みする月日を過ごすばかりであるのに違いない
2013-09-10 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

知ることのなかったままに

その哀しみを知ってはいるのだが、知らない振りをしている
知っていることを知られることこそが恐怖なのである

人は友達を持った時に命を失う
ただ歩いていただけで、ただ想うままに話していただけで
恋人を持つと魂を失うが、友達を持つと命を失うのだ
隣人は永遠に隣人のままでしかないが
父も母も、ただの隣人でしかなかった

厄介なことは、友達を失った時に友達を持つことになることだ
恋人を失った時に恋人を持つことになることだ
父や母を失うことによって、隣人は、ただの隣人ではなく
知人の顔を持った隣人として現れる

恋人は友達であってはないが
友達は恋人でなければならない
友達である恋人と歩いてはならないし
恋人ではない友達と歩いてはならないのは、そのためなのだろう

だからというわけではないのだろうが、実のところ、誰も知人など持ってはいないのだ
知っている人など持ち得ないまま持っている振りをしているだけなのだ

そんな風な素振りで、いつも私は髪を梳いては溜息を遠くへ押しやるので
とうとう、その時が私達の最期の時となったのだった
2013-09-09 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

埠頭からは見えぬ岬、岬からは見えぬ埠頭

埠頭には、いくつもの出航が雨ざらしのままに取り残されている
そのうちのいくつかは沖に灯が点るのを合図に曳航され
とうに失ってしまったはずの着港先へと連れ去られるが
多くは海原に迷うままに藻屑と化して静かな終焉を与えられる
残ったとて荒海にさらわれ、ここがお前の終焉だと乾いた砂地に放られるばかりだ
だのに夕暮を迎えて出航達は、その美しさに酔い佇んでいる

港湾を巡れば誰もが辿り着ける岬があり
ただ自らの真後ろを除いては、一面が海である
荒れることを知らぬ海は常に凪いでいて
波音は岬の先に行けば行くほどに遠ざかる
瞼を閉じれば微かな潮の匂いだけで海近くと分かるばかり
しかし誰も訪れはしないのだ

激しい雷雨が訪れて船体を打ち、朽ち果てよとばかりに荒れ狂う
しかし、それすらも岬からでは知り得ぬことなのだ
今は墓標の下に安らぐ人よ、その眠り、その哀しみは深いか
安息に身を寄せることを君は憾むか、更に哀しむか
遠くでだけ消える飛行機雲こそは君の軌跡か
晴天に降り積もる細雪こそは君の形見か
頭上遥かで極北を目指した、その翼が名残惜しいのだ

遠雷に驚いた猫が足早に閑散とした商店街を走り抜ける
空からは海の音が降り注ぎ続けている
どれだけ歩いても抜けられないアーケードは海の音を受け
そこでだけ響く波音に揺れ、錆の匂いだけを落としている
-買いたいものはないかい?
振り向いた先を、アーケードを抜け出してしまい
今にも消え入りそうな燭光が包み込み始めていた

夕餉の匂いだけは強くなってゆくというのに
それでも残っていた人影すら更に薄らぎ見失ってしまいそうだ
いつでも何かが薄れていっている、その傍らで
失いようのないものを、かき抱き、抱き締め、手放そうとせず
失いつつあるものは見ることすら叶わないのだ
せめて、その影だけでも、影の後ろ姿だけでも見送ろう
埠頭では岬を想い、岬では埠頭を想いながら
2013-09-08 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

静謐なる執行を、叫びは裂くか

緩やかな雲の死を過去の雨が遠くで見守り
緩やかな秋の死を高まり続ける虫の音が切り裂き
産まれたばかりの夏の記憶は褪せてゆく

それだけが墨を流したように白黒だけの叢雲
まだ濃く蒼い空を舐め流れる幾つかの雲たちを過ぎって
一番星の輝きは突き抜ける

永遠に途切れそうにない曲がり角を幾度も曲がりながら
彼らの直ぐ傍を歩きながら
こんなにも遠い距離を、遥かさを
それらを代償にして蘇った声を
もう一度、失ってゆく声を代償にして蘇る哀しみを
償い忘れた過去の全てを、失っていった
ドアを開けた時には既に責め苛まれることすら奪われていたのだ

安らぐことを命じるナース達のような声だけを頼りに
辛うじて生きている責めを想い出そうとしても
車椅子の音が許された全てとなって覆い尽くし
ついに叢雲に覆われ消えてしまった、あの星のように
私は責められるべきものを奪われてしまう
生きるために必要なはずの全てを奪われてしまうのだ

ついに愛されることのなかった子供のように
既になかったものだけが奪われ、手にすることが出来
奪うものとしての時の静謐だけが満ちていた
その世界の中で執行される断罪と贖罪の刑罰
生きる糧としての贖罪の刑罰は神によって穢され冒涜され
私は立ち止まることを止め、また少しだけ歩き始める

この永遠なる曲がり角は冤罪によって作られている
(幾度も繰り返される穏やかな雲の死と、穏やかな秋の死)
目指したはずの場所に永遠に向かい続ける曲がり角
無数の暑い夏の炎天下で敷かれた分厚いアスファルト
その上を立ち止まっては少し歩きを繰り返す人の影
(遠くで雨は見守り、高まる虫の音は切り裂き)

やがて、あるいは声を押し殺して泣き、あるいは押し殺すことなく泣く、打ち上げられた砂浜で乾いてゆくヒトデに辿り着く
海に背を向けた河口では水という水は全て汚され渦巻いているが、それが私達、全ての命を繋いでいるのだ
河川の水は海に注ぎこむことはなく、ただ止むことなく降る雨だけが海を満たしていて、それが私達、全ての命の繋がりを断っているのだ
ヒトデは、どちらを選ぶのか、その自由を嘆き、めいめいの仕方で泣いているのだった
強く、あるいは弱く息を吹き掛ければ飛んで行ってしまう軽さで、めいめいの仕方で泣いているのだった
私はヒトデに背を向け、海でも、海ではないものでもないものを目指し、雲が裂けるのを待ちながら、ただ叫び続けていた
2013-09-07 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

遠く近く空から舞い降りては、哀しみは

屋根を越え、聖者の懐に至るシャボン玉は
その裡に星となるのだろうか
夕暮をまたいで輝く流れ星となるのだろうか
それにしては尻尾がないな
付け忘れられたまま飛び立ってしまったか
付け忘れたまま飛び立たせてしまったか
その七色に輝く表面は、私が打ち破ろう

贖罪の嘆きは吹く風に揺られながら戻り、戻りして
いつも私によって古い木箱の中にしまわれてしまう
大切に、大切に封じ込められ、いつか火にくべられるまで
その中で想い出せる限りの唄を歌うが良い
もう、犯した罪は燃え尽きてしまったが
お前の戻る場所とてないだろうが
そうして、いつまでも謳わせておこう

秋の歩く速さで川瀬に足を洗わせながら
私達は失ったままの季節を追い掛けては
見上げる空に渡りゆく鳥の影を求め、心寄せる影を求め
落胆しては川面の輝きに心奪われ
その奥の不気味な優しさに溺れ、息を止め
それでは土に戻るよりは川に戻ることを願うよりほか、あるまいに

父を遡ること幾人目かで、私は私と出遭うだろう
うらぶれたのは、どちらの私か
大地に満ちる血の果てを知らぬまま
私の細い血管は止めどない血を滲ませて雨に打たれ
時には赤い雲にもなろう

シャボン玉の一色は、少なくとも、そうして出来ている
聖者は話し過ぎである
赤だけではない、青や黄色や緑やオレンジや種種の色
その限りない由来について、いつまでも話し続けている
黙って空を見上げる囚人たちは、それでも耳を傾けずにはいられず
これほどまでに星空から遠い寂しさを改めて知り
涙の内の眠りに就きながら、消えてしまった罪を夢に想い出している
2013-09-06 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

時の動く狭間でだけ、哀しみは悼まれる

真実から飛び立つことが出来ないまま偽りは時に見放され
もがれた翼を羽ばたかせながら街の通りを過ぎ
嘲笑う、その声を聴くことも叶わず、その顔を見ることも叶わず
懐かしささえ失い凍り付いた世界を、誰もいない世界を、虚構の街を、ただ過ぎ
もがれた羽根を一本、一本と拾い集め
握り締れば握り締める程、零れ続ける羽根が空に羽ばたき
星達を掠めて輝きながら遠ざかるのを見送っては
波音をも凍らせたままの海中に消えることを祈り続けている

 視線を過ぎる自由に手を伸ばさねばいられぬ不自由さ
 彗星の如く駆ける哀しみ達に包まれる夜空の輝かしさよ
 絶えるために生まれ出ずるものたちの微笑みよ

誰のものでもない無為の涙だけを湛える湖よ
永訣した歴史を更に忘却の彼方に追い遣るために
森に漂う涙より出でて、その湖面を滑り抜け
岩に刻まれた文字の一つすら残らぬまで砕いて良いか
その間だけ波を止め、誰もいない向こう岸に辿り着かせてくれようか
小波は問われるままに波打ち続け、空仰ぐ間だけ鎮まりかえる
鎮魂の嘆き、轟きよ、少しの間だけ、その余波を止めて欲しい
歓喜の咆哮、羽ばたきよ、少しの間だけ、その余波を止めて欲しい
いずれ又、貴方達の時間は絶えることなく訪れるのだから
今は絶えるだけのもの達のために鎮まるべきだ

鏡面でだけ動く時を優しく撫でて時計は微笑んでいる
真実と偽りの間でだけ時は移ろうものだ、と
裏切りの愛の中でだけ時は生きるものだ、と
時計の中に閉じ込められた永遠という名の全て達
無感情に全てを見つめ続ける貴方達は何を想おう
星の欠片にさえ追い付くことのない慌ただしさに
世界は常に失われ続けているというのに
2013-09-05 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

終わりの日、終わりの顔、始まる明日

ハンカチは重過ぎるので、花束を買って誓いを破棄する式場には向かう
笹の葉に切り裂かれたタキシードと指輪に穢されたウェディング・ドレス
二つを結んで平行に流れる川の先で水浴びに興じる観覧者達
少し離れた海は光の粒達を強く抱え込み涸れた底を剥き出しにしたままである

 時を刻むことを止めた時計だけが街を行くことを許される
 時を後退する時計だけが街を後にすることを許される
 私達の時計は時を刻みながら置き去りにされることを許される

想い出されるはずの恋人たちの時間は白い地図に点在し
そこここと示されはするが、決して結ばれることはない
替りに星図を持ち出したのは、いつの頃の話なのであろうかと想う
物語り始めたのは、誰であったのであろうかと想う
(破られ、捨てられぬままのラブ・レターは幾人もの恋人たちに捧げられ
 ただ一人、書き続けた者だけが受け取ろうとする)

いつも乾かないまま袖を通される服の湿り気に熱を与え
乾いたまま袖を通される服には熱を奪われる
いずれ乾いた服は、熱を奪い尽くしてしまうのだが

着飾る自由に女は飽いている
選ぶ自由を棄てる権利を主張し始め
着る服のない束縛の中に戻ること
男の知らない世界を展開することを主張し始める

男は行く先のない心安さに飽いている
還る義務を棄てる権利を主張し始め
そこにしか行けない契約の中に戻ること
女の知らない世界を展開することを主張し始める
(いずれも、どうでも良いことではある
 女である女はいないし、男である男もいないのだ)

 二種類に分ける思想と意志
 その破れから生じる三種目、四種目
 キメラの瞳は遠く、足元から神は立ち上がる

戻り道は暮れる前の、あの輝きに満ちていて
その光の中で孤独な集団が疲れを糧に、どこまでも歩いて行く
連れ立つ人のない老婆は常に微笑んでいて全てを忘れる術を心得ている
見送るばかりの幼児達は大人の理解出来ない遊びだけを持ち出す
突き当りの先には道がなく、めいめいがそれぞれを振り返り自分の顔の奇妙さに卒倒し
明日は、始まる準備を終えられたと嗤うのだった
2013-09-04 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

今日の神には祈ることなく

冷たい希望が音なく流れ込み輝く夜空を駆ける脚の折れた馬
たてがみに紛れ込む流れ星は、たなびくたてがみを焼き
その炎の後を辿ろうとして置き去りにされる月と星と暗闇と
大地は絶望に燃え、緑を燃やし尽くして応え
海は哀しみに燃え、波を燃やし尽くして応え
戸惑うことしか出来ない人間たちだけは希望を探す

差し込まれる光の穿刺が疼くまま川は流れ
痛みは消えないまま引き継がれ続け
私と貴方の間にあるままの全てを引き受けて満ち
涸れることを知らない出遭いの哀しみに揺れながら
風の吹くまでの時間を纏っている

遠い光を遠ざけることが出来ずに近寄れず
距離を測れぬままに呆けて星図を描き続けていた
あの輝かしい時に似て、今日は一際、記憶に残りそうで
終わりを知ること、想い至ることすらなく
ただ今日として過ぎる時間の中でキャンバスの白さは際立ってゆく

青い空の向こうで輝く星達は想い浮かべられることが出来るというのに
その間を縫う彗星や流星は装飾としてしか煌めくことなく
その一つ一つとして私達は私達の影を映し
流れる川の源泉に立ち戻りながら涸れた泉の濁った水を手に掬い
濁りを知らぬ遠い太古、遠い未来の泉を想うが
それは絶えず繰り返されてきたことでしかない

火の熱さが身を燃やす時、初めて知る始まりと終わりがある
知っていたはずなのに忘れさせられた始まりと終わりがある
ゆっくりと歩きながら想い馳せていた時の流れ
その残虐な冷徹さを日常として私達は微笑んで命を愛でている
神の目で、私達は微笑んで全ての命を愛でている
2013-09-03 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

臨界線と神話の間をすり抜けて

拡がりゆく臨界線を保って
神の声は聴こえないままで
人の叫びは届かないままで

 ついに倒木は漂着する先を失い
 深海に住まう古代の王に捧げられた

居直れば空は変わることなく雲が流れ
晴れ間には陽光が注ぎ、雨が降り、雪が降り
私達は空になった世界を凝視したまま
ただ過ぎる誓いの意味を問い続け
知っているはずの答えを棄てようと試みている

-この椅子の座り心地を決めるのは私なの
いつも、そう言って椅子に座り直す貴方と
その度に軋む椅子の足の音を想い出す
そして気化しないままの汗が背を伝う

 入墨をした男達の乱舞に訪れる狂気を携え
 巫女の一振りで彼らは地に戻された

ビルの屋上から覗き込む街路に人はいない
ただ無数の影だけが行き交い、クラクションが響くだけだ
ここからの数百メートルの空間にあるもの
その時間に与えられるもの
一瞬だけ想い出すかもしれない、その愛は誰のものか

メリー・ゴーラウンドは無人のまま周回するのが良い
柵に凭れた無言の人達に囲まれながら
それでも無人のまま周回し続けるのが良い
そう言えば今日、タイヤを失ったまま駆ける車を見た
エンジン音を失ったまま駆ける車だ

臨界線からさえ拒絶された世界で
私達は、生きている
聴こえない無数の吐息に囲まれながら、生きている
2013-09-02 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

紫煙だけが交じり合う

見知らぬ場所に立つと、見知らぬ風景と見慣れた風景が入り混じって広がり、愛した人への愛は失われたままで、ついに愛することのなかった人への愛が蘇る。いつも基点は行く先を示し続けながら苦しみの足跡に追随して、世迷言の中に放った人たちの狼狽を見つめているのだ。
その横顔だけを想い出せる人を私達は愛していたというものだが、反対から見た黒子の一つさえ知らぬまま別れてゆく(よく言われるように)。

開かれたまま過ぎる人のいないドアの重い鈴は遠く、煤けたランプの中で静かに燃えている。
街灯を並べただけで道は伸び、果てまでの逃走も可能かと想わせるが、それは気のせいなのだ。アルコールの匂いと化粧の匂いと、道化の愛の匂いとから逃れる気力など、ありはしないのだから。
夕暮時になると遠くまで行けるように想いつつ、それが錯覚でしかなかったことに毎度、落胆し、それでも毎日、夕陽を追う。

途中の公園で腰を下ろし、賑わいの残滓と余韻を拾いながら誰も知らない夜空と星達とを待ち、知らなかった恋人を抱きしめる。スカートから伸びる白い足だけが辛うじて見えるようになった頃、私達は本当の恋人のように愛し合いを演じ始め、演じ終えることを知らない。
片手に掲げたままのビール缶の軽さが私達の間の軽さを告げ、ゴミ箱に放られ、くぐもった音の中に沈んでゆく時、二人は違う海を想い出す。一人は遠洋漁業に旅立つ船を見送る埠頭を飲み込む海を、一人は打ち寄せる波を見つめながら飲み込まれる砂浜から見た海を。
いずれも遠ざかる季節を失ったままで、共にした人も想い出せない海だ。

そうして二人は、ついぞ、くぐることのなかったドア向こうに肩を寄せながら身を隠す。異国の音楽に彩られた店内にはカウンターだけが用意され、店員も他の客も不在である。キャビネットの中には、埃を被った空の酒瓶だけが丁寧に並べられている。
見知らぬ女は煙草を取り出し、男は、その先に自らの煙草の火を寄せる。少し忙しげに吸い込みながら火を受け取り、女は男を見ることもせずに向き直り、男も女を見ることもせずに向き直る。
二人が紫煙を吐き出し始めると、ゆっくりと回り始めたシーリングファンが二本の煙を一つにまとめて二人に吐き掛け、それが今夜の全てだと告げ終えて止まった。
2013-09-01 00:00 : 想葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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大海にも降る一滴
2015.07.17.

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