木立と小石、二つの季節と

光る木立には、第一に秋が、続いて第二に冬が与えられる。

秋のなかに展開する鮮やかな色彩は一色に収束しようとしながら、その光に支配され
そのうちで秋は、永遠に色彩の展開から逃れることが出来ないままである。
秋の裡に置かれるものとしての君の影、弱まってゆく陽の光を頼る影がある。
季節の苛酷さから、自然の残虐さから逃れ出でたものの、
頼りなく、薄い生気のみに支えられて揺らいでいるだけの、影がある。

いく人かの、さほど多くもない人々の雑踏にさえ踏み潰された、
あの生暖かさを残す吸い殻のように衰弱した影がある。
そして秋に続いて、冬が与えられるのだ。

それは永遠に雪を待ちながら、雪を知ることもなく待つ冬である。

あらゆる逞しさが弱ってゆく冬の陽だまりのなかでは、
小さく凍った水たまりが薄氷によって微かな光さえ集め、
すべての穢れは衰弱のなかに色を喪ってゆこうとするのだが、しかし
そこでさえ、一条の、微かな冬の光は色彩を展開し、
やはり、その冬も色彩から逃れられずに真白な雪を待つ
降ることのない雪を

そして私たちすべてが立ち戻る光る木立、
だれも寄せ付けることのない穏やかな丘の上、遥か四方からの遠方に凛と立ち
水平線を越えた水平線、地平線の向こうの地平線を、幾本も縊り殺しながら、
冷たい一つの石を見下ろすことを忘れない木立であって、
ただ一本の潅木によって成立する木立である。

そこに夏はあるか?春は訪れるか?

否、そこに訪れるのは第一に秋であり、第二に冬でしかないのだ。
そして秋のなかに展開する鮮やかな色彩、一色に収束してゆこうとする色彩、
光はすべてを逃すことがないが、その木立、ただ一本の潅木に畏れを抱き、ひれ伏す。
それは秋と冬の限りなき無にちかく、限りなき全に近い狭間でであって、しかし、
たった一本の木立は知る由もなく、ただ一つの小石を見つめ続けているだけなのである。
2014-10-31 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

足跡のなかで

激しく降る雨の雨粒が、地を舞う風に煽られて優しく降り注いでしまう。
消えてゆく足跡、足跡を追い、
一つの影が静かに走っている。凍るように走っている。
一筋の血を鮮烈に滴らせ続ける古木を過ぎる、いくつかの過去と

鋭い刃で切り裂かれれば良いのにと、合わせた肌と肌とを白けたように熱が通う。
もう一度だけ想い出そうとした汀の時間は永遠の幻のなかで殺されていた。
死んだままでしか想い出されない水際で愛し合う二人にも、雨は届くのだろうか、
あまりに激しい雨音が、世界のすべてを覆うかのように、
ただ、それだけになってゆく。

拒絶ということばすら忘れて拒絶だけで築かれた世界のなかに雨は降る。

永遠の歴史の一つとして。

想い出されるのは遠い一つの横穴だ、そして
そこで抱いた人と抱かれた人と、

遥かに遠くで夕暮を知らなくてはならない激しい閃光に包まれて、
ただ一つの足跡のなかに、そっと枯葉を一枚だけ置いてみる
だれにも見られることがないように、死んだ葉を一葉、置いて、見る。

足跡のなかで、静かな遠い雨が降っている
2014-10-30 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

冷たい雨が降るところがなく

冷たさの一つも帯びない雨が降る…降っているなかを
どこへも繋がることのない距離が横たわり、
そこには一枚の枯葉で敷きつめられている。
雨の冷たさを閉じ込めた記憶は定かではなくて、忘れられた涙さえもが蘇ってくる。

ただの一言が数え切れない無言を越えて、
いや、死に絶えた無言の上に立ち尽くすだろう。
どこへも赴くことのない無言の時に飽いて、どこまでも続く波打際を、きっと
ただの一言が辿りながら、無言の上に立ち尽くすのだ。

そこでも、きっと冷たい雨は降らないし、血の混じった雨の雫が窓を濡らすことはない。
乾くことだけは許さない冷酷さで降る雨が、雨音を忘れながら遠ざかろうともせず
果てのない時間のなかを降りつづけるだけだろう。

海に降る雨の音なら想い出せるだろうかと、その距離なら想い出せるだろうかと
きっと試みてしまうのだろうけれど、すべては無為にしか帰すところがない。
ただ涙の音だけが絶え間ない隙間を埋め続けようと
むしろ冷たい雨の代わりに降りつづけるように流れつづけているだろう。

冷たい雨には、もう、降るところが残されていない。
降る先すら残されることがない。
2014-10-29 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

君のコーヒーの香りには

そこで君は、窓-ただ一枚きり、もしくは数枚の-を開いたかもしれない。
窓枠のなかには私もいたであろうか、

私に分かっているのは、そこに居並んでいたのは死人たちの顔であろうということ、
もしくは雨に打たれ、もしくは晴れた空に乾く、
君は、どの顔にも見覚えがないまま、扉を閉じることもなく
その鋭い瞳を閉じることもなく、しかし優雅にコーヒーを一杯、飲んだであろうこと。

跳ねる椅子を抑えつけるようにして座り、
床のなさに居心地の悪さを少しは感じながら、しかし、
むしろコーヒーの味わいの方が勝っていたであろう、あるいは朝!

私が地平線まで見通し、そこに置いてきたかった朝だ。
向こうからだけ開かれる扉の前で待っていた朝である。
豊かな香りを湛え、しかし死人の顔に溢れ、腐臭すら微かに混じり、
しかし扉の向こうには朝がなくてはならない。

それは決して哀しい朝ではないし、孤独な朝でもなければ、旅立ちの朝でもない。
ただ、むしろ留まるためだけに開かれた扉向こうの朝である。
君の、ただ一杯のコーヒーのために開かれた朝である。

君は仕事に赴かねばならぬ。
今日も血に飢えた仕事を、それでも黙々と
そして山とこなさなくてはならぬ。

むしろ私は窓枠であったが、開け放ったまま背を向けられる窓で、
君の典雅な朝は、いつも通りであり、
いつも通り、この上なく一杯のコーヒーに光り輝いていたのだ。
2014-10-28 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

空がない

久し振りに聴くカラスの声は
野性味を一層、帯びて高くより、むしろ低く空を飛び渡り
残飯すら必死に守る私たちを鳴くき嗤う

あるいは巧妙な罠を仕掛けられ、あるいは毒を盛られ、
カラスは同類の血と、引き裂かれた肉と、
残酷な死に報いて知を蓄える
それは野生の知だ

一羽一羽は弱いくせにカラスの知は、
残酷な血に塗れ、死に塗れ
それでもなお乾いた野性を振りかざして
幾度も飽かず人間を嘲笑う

都会の隅で、郊外の隅で、しかし
彼らには空という武器がある
それはハトとて同じことだ

地に這う人に、空はない
見上げる空は残されているとしても
血を賭けて、命を賭ける空はない

しかし同じように地を這うドブネズミすら
精一杯を空を賭けているというのに
空がないことに甘んじている人に、空はないのだ

しょせん血を吐いて横たわり
なお空を翔る彼らの高潔さに優る
野生がないのだ
2014-10-27 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

入り江に沈みゆく、あるいは苦笑い

たとえば夏と秋の境を曖昧にして沈みゆく入り江に溺れてゆく手紙を、
沈黙だけが読まずに溺れ沈んでゆく手紙を、ぼくは書いたのだ。
きっと君のことも想い出しながら歩く幾つかの不確かな季節を地図で確かめながら、
さらに曖昧で不確かな愛を点に変えて地図に記しながら、地図で燃やしながら

それは一つの海の、波打際の記憶にならない記憶の事象、つまり手紙だったのだが、
その手紙が沈んでゆく入り江だけが私とだれかの間にある真実だと信じ
私は渡るべき橋を探して川を遡る。
一群の魚たちが追い越し、あるいは滞留し、
いくつかの獰猛な動物たちが彼ら、遠来の使者たちのはらわたを食いちぎる様を見ながら

それが今の季節のすべてだとしても、私は信じただろう。
入り江に沈む手紙をも私は
私は手離したのだから、信じない理由などないのだった。
君が背を伸ばして物干し竿に掲げる洗濯物のように、
私の知る限りの人生はヒラヒラと舞うばかりで青空を待ち、
乾いた風を待ち、君の手を待っている。

もう入り江は過ぎたろうかと、川はどこから始まったのだろうかと、橋は
橋はどこにあるのだろうかと君に

季節の境には大きな闇が潜んでいる。
愛について考えながら死を待ち望む、それは至って自然のことだが、
きっと季節の境に関係があるのだろうと、
さて今が一体、どの季節とどの季節との境にあるのか

絶えない枯葉の渦中で私は、君を忘れながら想い出そうとしている。
繰り返すが入り江では
もう手紙の姿はなく、君に手渡すべき一言も絶えただろう(ああ、地図よ!)。

季節の記憶とは、きっと
そんなものに違いないと、木枯しを煙草の足しにしながら

延々と続く並木道に立って今度の私は、苦笑いを探している
2014-10-26 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

あなたの声

-あなたの声が聴こえないの…
と、秋のただ中であどけない嘘を言い、朗らかに笑ってみたいの。

私には遠過ぎる、あなたの声に、その心に向かって、そのいくらかは本当なのだけれど。

秋の色は少し黄色なのかしら?
あなた越しに見える世界は、きっと黄色に染まった秋の葉色をしているな、と想い出す。

どこに行っても変わることのない、あなたの横顔と囁きと、
二人で育てた甘さが嘘のすべてだとして、私は嘘を愛そうと想う。
嘘の子を宿して嘘の痛みを耐え、嘘のままの日々を暮すのだろうと想う。

きっと嗤われるのは仕方のないこと。

朗らかにではないけれど、黄色く染まった秋のなかで私は問うのだろう、
-あなたの声が聴こえないのよ…
と、いつか訊いたことがあるのにと苦笑しながら、私は問うだろう。
2014-10-25 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

流れるあなたと私と

空に沈んでゆく、あなたに、
空を流れてゆく、あたなに、私は問いかけたはずだった。
「どこからが空なんだろうか?」と。

実際のところ、もう空がどこから始まるのかが分からなくて、あなたがいるところは空なんだろう、そう想うしかなかった。
あなたが流れてゆくところ、そこが空なんだろう、と。

それでも高い山を越えて、あなたの姿が消えるとき、私は、
どう哀しんだら良いのか分からずに、あたなにも訊くことが出来ずに、
ただ流れる涙に身を任せて川になる。
雲…そう、あなたが紛れ込む雲を映す川になる。

二人で吹かれた風は、もう吹くことがない。
吹いたとしても、あなたは風に流されることがない。
私は風を見ることがない。

そういう意味で、二人の風は絶えてしまったのだな、と
そう、想いながら川になっている。
風を忘れながら、ただ一筋の川になっている。
2014-10-24 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

出航の声

どこまでも繋がる点と点と、点と、
その延々を想うと飽いてしまうよりも、その遠さが哀しみにさえ想えてくる。
私たちは永遠の孤立のなかに立っているというのに点となるのか、と。
昼も夜もなく係累は、

-船は出航したか?

海が哭いている。それは面として空を受け止め続けているからだ。
もはや点の哀しみを越えた向こうにいるからだ。

「お前は出航せねばならぬ」
威厳を纏って声が囁く風に乗り、点たちを過ぎってゆく、その線こそが私たちの線、係累の営み。
君が外そうともがき続ける網の目、蜘蛛の巣。

-船は出航できないよね

おさな声が小さく自信ありげに告げている穏やかな朝もやの向こうでは、私たちが情けなく泣いている。
穏やかな海面を見つめて一人の男は反芻する。
「船は出航できない、決して出航できないのだ…」
不思議そうな碧い眼が彼を見つめている。

汽笛の音が夕靄に消えるように遠くで響き、彼と手を繋ぎ始めた子供が驚き、そして呟く。
「とうとう、船は出航してしまったね」
その声は男の声、いつの間にか現れた女の声、重層的ないくつもの声となって港を覆い、
そして子供は拾ったいくつかの石を積み、そこに砂をまぶせて一人きりの浜とした。

-船は出航したんだってさ…

いつまでも子供の声だけが、重なりを逃れながら呟き続けていた。
2014-10-23 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

哀しみを遠ざけて、歩く

欠けてゆく月明かりのなかで
きっと濃さを増してゆく、あなたの寂しげな背中に、
私はことばを持たない。

その冷たく硬くこわばった背中に。
どうして、そのような孤独の裡に、あなたが存在しているのか。
私には、もう理解し難くて、ただ笑って欲しいとだけ、昔を必死に探し回る。
手の甲を触れあわせながら歩いた道を、遠くまで舟の灯りが点る半島を、
だれにも知られず萎れ枯れてゆく花々を-

今や、もう月は目一杯に欠けている。
あなたのいない私のように欠けているのだが、それは哀しみではない。
遠い想い出の残照であり、波を吸った砂浜の音であり、そして私は今や、
もう、ことばを持たないなにものかであった。
哀しみを遠ざけながら歩く、なにものかの二つの影であった。
2014-10-22 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

この空、空よ

空よ、明るい空よ むしろ鈍色に鋭く尖れ。針のように削られた一本の鉛筆のように、そして君は一片の紙に突き刺さるのだ。

空よ、私は繰り返さないのだ 君の名を。どこかで忘れたまま叫ぶこともあろうが今は、もう忘れてしまったのだから。
そして空よ、私の忘却を傷痕として光るが良い。紅く黒く、もしくは私の好きな透明な紺碧、深い海に、人手の触れ得ぬ深い海に似た色に。深々と私たちの哀しみの降る深き海、その透明な紺碧こそが海である。ならば君も倣うが良い。
この時代の空は奪われてしまった。呼びかけている君は、もはや空の遺児、鳥の引き裂くだけの一つの遺書である。

その下をどこまでも街路は伸びようと気味の悪い生命力に満ち、私たちはヘドロをかき分けるように、それでも街路を歩む。多分、愛していると自らに想い込ませながらベンチも黙って通り過ぎ、寂しい墓地を遥かに見据え。ただ憩いが欲しいだけだというのに、この時代は憩いすら騙されて始めて得られるのだ。我が血をしたらせて、雨に打たれるものも少なくはない。

ああ、だから、せめて鈍色に鋭く尖れと私は祈る。

救いのない、あらゆる教会の屋根を溶融させ、むしろ滅亡の日を今日に与え、
枯葉一枚の舞うなかを、空よ、空よ-
あの人は今日も、涙を噛みながら汗にまみれて働いている
2014-10-21 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

青空

窓を叩く、微かに叩く音が私を怯えさせる。怯懦で怠惰な私の精神を、精神とも言い得ない微かな存在を。
実際、もはや<それ>は存在を保っているとは想えず、<私>という形態に憑依したなにかでしかないのではないだろうか-

暴風雨が去れば散々に散らかされたすべてのかろきもの、それらに強く共感を覚えて、だれもが早足で過ぎる街中で立ち止まり、残り風にすら怯える私は追いこされ、取り残されることに甘えを深くしてしまう。このまま薄明のように、あるいは日に晒された水たまりのように、だれにも気づかれずに、あったことさえ気づかれずに、などと。
ショーウィンドウに映る私は、もう私を離れている。だのに、そこには当たり前のように立っている私がいて、私は哀しむだろう。

大きく揺れながら雨粒を落とす大樹が並ぶ街路には、もう踏むほどの落葉もなくて昼時を知るのだろう。座るには冷た過ぎる椅子が共有されないまま、だれと問わずに待ち続け、私だけが一枚のハンカチを持って座るのだ。
窓からは決して見えなかった景色のなかで輝くすべてのなかで、青空を憎む私が生まれた。
2014-10-20 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

秋の雨を避け

秋の雨を避けて通っていた。

夏の君を想い浮かべるには、もう少し難しくなっている。久しく恋人のことを語ろうという気持ちにはなっていない気がするから、君のことが頭に浮かんだのは不思議な気がして、
それを想い出に結び付けようとするのは、何か違う気がして、
秋の雨を避けて通っていた。

側溝は、今、降った雨で満たされているだけのはずなのに、と呟きながら懐かしい道の端を歩くと、
煙ったような外景の向こうから一つの陸橋が見えてくる。君の姿を重ねるためにしか覚えていない陸橋が見えてくる。

この雨が繋がらないすべての恋人に疑似化した愛を振り分けながら、むしろ海まで続く側溝を愛した。その側溝を隠す蓋をも愛した。幅寄せした車が側溝の蓋を踏み通るのは耳障りな音、
それでも優しく耳奥に沁み込み続ける秋の雨の音、今の想い出に変わる、この秋の

それは卑怯なことだと私は信じた。
雨に濡れた空港から、いくつもの飛行機が飛び立ち、世界のどこかに着くのだろう、

私は君を喪い続ける秋の雨を避けて通っている。
2014-10-19 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

疾走の、疾走の

一人の男のリアルな顔には本当の表情がない。

石膏が固まってゆく途上のような時間を与えられ、途中の時間だけを生きている。そこに生気は宿るのかは謎だった。もう一人は女ではあるが、リアルな顔は知らないので想像を与える。しかし本当の表情を持っていると想われた。
あるいは迫りくる鬼気であり、与えずにはいられぬ恐怖であり、そんな女が街を歩くのだ。そんな男と。
流れすら見出せないほどの淀みに沈んだ川の形式を前に、その向こうに男と女と。海が川面を撫でるように波を与えている。

海、そう、海が近い。しかし想い出せもしない。

想い出すのは無数のデス・マスクを押し付けられた美しい砂に満ちた浜辺である。横たわる若い女たちの怠惰な脂肪、欲望を知らぬまま白く佇む男たち、
あどけない子供の、幼児の、抱かれた乳児の泣き声が空に重なる。
そこまで遠く来て季節のことを想い出す。

今は何月だ?

突然、問われ、冬でしょう、地球上のどこかしらは

そう、答えて私は猛然と走りだした
2014-10-18 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

絶えない風の

換気扇の流れに紫煙を任せていた。

排気口を吹き抜ける風には間断も強弱も訪れず、ただ風音は疲れた風の嘆きのようで私は、
換気扇のスイッチを切る。スイッチを切ればそれだけで、風を殺した気にもなってしまったのだが。

少しは遠くになったように想えた下らない議論に疲れて泣いたことばたちが、
それでもスリガラスを微かに叩いて聴こえない泣き声で誰かを呼んでいる。そこにあるのは冷たくなった椅子が一つで、ずっと月明かりを待っているだけなのに。
そう、月明かりに照らされた椅子を待っているのだね、きっと。それは月並みな感傷なのかもしれないが。

深夜のバイク便の音は冷たいけれど、むしろ季節は夏に近いのだ。

ああ、エアコンから流れ続ける哀しい風も記憶にある。忘れられないような肌触りを探して、
それでも好きになってくれる人、嫌ってしまう人、まったく無関心に知らないままの人、色んな人がいたように聞いている。

今、もう一度、換気扇を回さなくてはならない。絶えない風の、絶えない物語を回し続ける、
その疲れた音を、もう一度

夜に聴かせてあげなくては、ならないのだ。
2014-10-17 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

知っている

スペース・キーを押すだけで延々と空白が出来た、パソコンが許す限りの有限にさえ無限を夢見て。最後の許容は警告音に弾かれるのかな、と君の背中を想い起しながら目をつむる。

少しだけ流れては消える川を街に与えれば、やはり君と歩いた曲り角を自転車にぶつかりながら曲がり、車のブレーキ音を聴いた。きっと誰もがそうしているように、想い出すきっかけを探していたのだ。
ぼくは捨てるのだ、あらゆる思想を(ドグマ、というのか?)。その思想に君が含まれていないように細心の注意を払った積りで。実際、そう努めたのだ。

高度を変えて無音のヘリコプターの航路をジェット機が何ごともなく横切れば、私は空を見上げて溜息を受け取ろう。
夕暮れるまでの永遠の時間を抱えたままの空の下、ぼくは、この空が君の空には続いていないことを知っている。想い出せない君を、忘れることが出来ないように知っている。
2014-10-16 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

一番星までの間に間に

あなたの優しいまなざし一つが私を哀しませるのだった。
晴れ上がった日、私は眩しさを理由にあなたを見ない。
曇りの日、私は仄暗さを理由にあなたを見ない。
雨の日、私は、あなたとの間に降る雨を理由にあなたを見ない。
私たちの足音が並んで響くとき、地平線は少しだけ近づく。
足音の幅分だけ近づいた地平線を横にスライドし、私たちは水平線を見やる。
不安に少しだけ震える私たちは夕陽に照らされる。
あなたの顔を見ない理由が一つ一つ、外されてゆく。
覗き見する横顔に佇む優しいまなざしが、あなたと私の距離を遠くする。
「一番星は、あのあたりに見えてくるはずだけれど…」
私は曖昧な返事さえ保留したまま、あなたの指先を見つめ、あなたと私の距離を縮める。
一番星を見失ったまま、私は哀しみのうちに光る星を見つめている。
2014-10-15 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

零距離ランナー

自らの詩の不能性に対峙させられて私は
車椅子の絶対的な重さのなかから君を見る
自在に疾駆する短距離ランナーの脚を以って
ただ立ち尽くしているだけの君を

呪詛の一つも呟くことはなく(呟けず)
私の上半身が揺れ、車椅子は軋音に沈む
歯噛みする音だけが空しく、それでも君は-

零距離ランナーは永劫、
孤独という孤独、あらゆる孤独に見放されている
健脚もて立つ君よ
背向けて立つているだけの君よ
そこに何が見えているのか
そこに何が聴こえているのか
そこには風が吹いているのか
そこには私が避け得ぬ、この雨は
降っているのか
2014-10-14 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

君になる君ならざるものへ

詩とは"現在"のみに拘束されるべきものなのだろうか?
詩には、あらゆる「否」が与えられるべきではないのだろうか?
あらゆる否定が詩を覆うとき、確かに終極のとき、
詩は詩であることを止め、詩自らの死の床に横たわろうとするのであろう
しかし、そのときなのだ、微かな光が蘇らずにはいられないのは
あらゆる否定があらゆる肯定に向かって一筋の光芒を放ち、
ゲートが開く前の荒馬のように疾駆の胎動を響かせ始めるのは
詩は、あらゆる否定と肯定との間を自由に、暴力的に往来するのだ
詩は現在を棄てる
遺棄された現在…そこに惨めに縋る過去だ、未来だ
ああ君よ!
肯定にも否定にも背を向ける絶対領域よ!
君の死が、君のあらゆる詩として幾度も幾度も、
君の探し当てた絶対領域のなかですら
君の詩に対する死への、君の死への、
絶対的な抗議を叫ぶだろう
絶対的な否定を雄叫びに変えて君となるだろう!
2014-10-14 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

九月の石

正体の知れない夜のような夢だった。
むしろ、なんの変哲もない、より当たり前の日常こそが錆びたままに刃を鋭くし、切り刻むものとなったのだ。あなたが、だれもが青臭い生臭さと切り捨てる「ただ、それだけのこと」なのかもしれない。いや、それであれば私もキザな苦笑いの一つでも流し目に合わせて贈っただろう。しかし違うのだ、それは。
激しく鼓動する心臓が、そのままに切り刻まれるのを、鼓動そのものを切り刻まれるのを想い出してみるがよい。それこそが、私たちの日常のもたらす、最も基本の、ある種の、要素…そう、日常の要素。幸せと、まったく等量の不幸が笑うほど陳腐に、律儀に訪れてくるように、日常は-
もはや鈍感さに賭けるしかないのだ。目をつむり、耳を閉じ、「なにもなかった、なにも起きなかった」と、口を閉ざすしか。
ああ、九月の石が八月の石のように光っている。狂った軌跡しか辿れない光を、九月の石が追いかけ続けている。
2014-10-14 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

君待つ、ここでは

寂しい瞳を通り過ぎながら名残惜しむ蝉が初夏の風に乗る肌寒い夜には、知らない君の声が聴こえるので、ぼくは遠い道の上に廃駅を築いて二人だけでのみ見つめることが出来る夕暮を待とうと想う。初めての再会を待つ黄泉の人のように白く細い手を、鈍く錆びたレールに触れながら、揺れる草に風を読み取ろうと想うけれど、揺れるには短かすぎるのだろうか、彼ら草の丈は。

死せる山並の山腹に、大きなトンネルは点滅する灯に燃えるようだけれど、ついに汽車の音が響くことはなく波音だけが反響を繰り返す永遠の鏡に覆われて、入るもの出るものすべてを捕えて離すことがない。ぼくは、そのトンネルの向こうから来た一人の異人であり、遺児であったのだ。

ほんの少し向こうからなら囁くだけの人声すら聞こえるというのに、なんという静謐だけが満ちているのだろうか。知らない人の墓標を撫でながら、ぼくは鎮魂の作法を祈りに変えながらひざまずき、鐘の音を棄てることを誓ったのだったが、どのみち、あらゆる教会は破棄されていた。

想い出せないだけで愛することが出来た君の輪郭、その襟首から漂う香りを想い描きながら、一人で見上げる空からは星が降る。きっと一人では見切れないほどの星が雨のように降り注ぎ、その光のなかで眠るように死んでは蘇り、死んだふりをしては深い眠りに落ち、目を開くだけで幾度も空からは星が降り注ぎ続けている。
2014-10-13 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

最初の季節、最初の恋人たち

喪われゆく涙を季節のように見送り、恋人の二人は街へと還った。
廃墟を目指して輝く街では別れに似た再会が、永遠の再会のように繰り返され、
傷のない血痕を流血のない傷痕が舐めているのを見つめている。

- ガソリン車を電気自動車に変えましょう、それとも水素ガスだったかしら?
一人の女が恋人の脇を通り過ぎながら呟いているが、その恋人は男か女か、
もしくは男に似た女か、女に似た男か…ああ、そんなことは関係なかったかね…
腐乱し続ける川を淀み微睡んだままの風が、
川沿いのフェンスからまで顔を出して誰にともなく語りかける-
語りかけるが応えるものはなく、恋人は黙ったまま川沿いを幾度も通り過ぎる。

街を閉鎖するように円環に結ばれた川のなかで、彼らは橋を見出すことが出来ない。
疲れた恋を棄てるために恋人たちが枯れた木立に包まれた公園に辿り着き、
椅子に凭れたまま他の恋人の番いを見つめている。
きっと抱く/抱かれるなら、あの人と想い定めながら、別れが通り過ぎるのを待つが、
だれも別れを手にしたことがないので空しい想いだけが空転を繰り返す。

- だから電気自動車の方が良いのよ
もう一人の女が公園を横切り、服を切り裂きながら叫んでいる。
露わな乳房には乳首がない、露わな下半身には陰毛がない、
ハイヒールだけが残されて見送られる視線の一つもない。

- うんと疲れたね、ああ、本当に疲れてしまったんだよ…
ようやく重い口を開いたのは、どの男だったのか。
愛を囁こうとしたらしく響いた声が、更なる虚構を求めて街を街に変える街を探している。
- 涙のことなら街を出てから探せば良いのだと想う
また別の男が、だれもが口に出来なかった一言を重々しげに放つと、
公園を満たしていた恋人たちはすべて雲母のように剥げて消え、
最初の季節、最初の一組の恋人が亡霊として蘇り、最後の涙を互いの指先でなぞり始めていた。
2014-10-13 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

あるいは、その一匹の犬を巡って

酔夢を過ぎる蒼い秋ならば、決して枯れない夏を抱いて想い出に浸りながら波打際を行くだろう。夏の木洩れ日、あるいは星座の語らいを、恋人の熱い夜、独りきりで迎える夕暮れ、遠くから記憶に消えてゆく突然のスコールを-
傘は陽に揺れ、雨に揺れ、雲に揺れ、ブランコに揺れて詩人の元には涙が届けられようとしたが、不着届が宛先不明のままクズカゴの一角を占めている。舗道ならば蝉時雨を浴びるように徐々に陽炎を立ち上らせ、喧騒の夜を迎えるまでの永い昼を死んだように伸びている。街のいたるところから湧き上がるだろう歓喜の声は秋には届くことがないまま、潮騒に紛れて散るのだけれど。
哀しみをたとえるならば、きっと想い出してしまうから私たちは、想い出せない一日を過ごしながら最後のときを見計らっているけれど、あまりに季節の足が早くて幾度も追い抜かれてしまう。懐かしい日々を繰り返しながら一匹の犬を間において、彼の行方を占おうとしながら訪れる沈黙の夜と夜。
けぶった少し向こうから無言で叫び続ける一つの影が浮かぶとき、その影に気づいたとき、別れは唐突にやってきて一匹の犬がアテもなく街を彷徨い出し、私たちは完全なる他人に戻ることが出来たのだった。
2014-10-13 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

夜と夢の狭間で

君のいない夜を嘆き疲れた歌が息絶えるように横たわる傍らで、川のせせらぎはさやかに清く、私の蒼い瞳を眠らせる。

だれか、きっと知らない人が祈りの鐘を向こうへ、向こうへと届けようとしている。
もはや廃墟となった想い出を引き連れながら、そこには星がいくつか光っているのだろうか、月裏で見た星雲の懊悩をぼうと描いている。

街のどこへも繋がろうとしない曲り角を二つの影がユックリと、静かなカーブを描きながら消えてゆく。ああ、もうそこは深い、深い孤独な夢の底で(そして君とは遭えないままで)、私の影は光を求め続けて忘れた歌を歌っているに違いない。

君の愛した猫ならば、曲がり角の鋭い紅さで染まった一つの塀上を占拠して灰色をうずくまったまま動かない。君が零した、いくつかの言葉の破片は砕けたままで、組み上げられることを拒否し続けているから…波音を重ねながら、君の間隙を縫うように海面を駆ける風の音は哀しみを届ける遠さで鳴り響き、壊れたままの言葉を見過ごしている。

もっと早く-たとえば、あどけなく雲を何かに譬えて笑う時代で愛したのなら、別れの前の出遭いだけでも訪れたのだろうか。遠い夢のなかを横切る雲は透明なほど白く冷たいまま、霞んだ山頂を撫でては山向こうに消えてゆく。

忘れられた街が少しだけ息を吹き返す一瞬の静寂に垣間見る幻影こそは確かな重みを持って、微かな足音を届けては消えして私は、街を棄てて知らない夢を、もう一度、見始めるだろう。
その前に熱く喉に当てられたナイフの刃が引く鮮烈の紅を、せめて君の、あの猫に届けなくてはと力ない手が、指が伸びるのを人ごとのように見つめながら、寝言にまで嘆く歌に寄りかかられて私は、いく度目かの、君のいない夢を見始めている。
2014-10-12 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

残響

あなたを探し続けるだけの叫びが、あたかも私のものではないように砂丘の向こうで響き続けるのを聴きながら、足首だけを洗う波の冷たさを愛そうとする決意が見上げる海の彼方には、水平線からは遠い破れた迷彩の帆船が空に切り裂かれているだけで波が起きた。

優しい夜を過ぎる、あなたの面影に寄りそう私の横顔は青白い三日月のようで、私は想い出すたびに恥ずかしくなってしまう。しなやかに細く白く伸びる、その腕の内にある安らぎを赦さなかったのは、ありきたりの雑踏…残酷さにさえ届き得ない街の雑踏だったのだと想いたい。

幾度も同じ唄だけが繰り返されるなかで、いつも違う歌を口ずさみながら私を見ずに抱き寄せようとする、その仕方が好きでした。きっと、それはラブ・レターに記そうと想ったことなのだけれど、今、こうして話しています。一人だけになった部屋のなかで。
そこは、もう部屋でさえないのだとも気付きたくはないので私は、フローリングの床に横たわる。きっと最も従順な犬でさえ厭うような姿勢で。そして空のままの封筒が半開きになって視線の遠くを彷徨いながら幻になるのを祈って両の手を合わせる。

冷たさすら感じ得ない冷たさだけが支配する世界だったならば私は、あなたとの月日や時間を棄てることが出来ただろうに。むしろ、どこにもあたなも私も居ないままでいられたろうに-
そんな哀しみに似た想いを抱いて、それでも幾度も訪れるだろう朝は呪わずに、花のように迎えるのだ、きっと。

それなのに無言の叫びだけは砂丘の向こうで響き続けている。あたかも私のものなどではないような私の叫びが、探し求める人さえ喪ったまま、砂丘の向こうの永遠を告げる残響のように叫ばれ続けているのだ。
2014-10-12 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

ただ一匹のヤドカリ

君の不在だけを時が過ぎるように
季節の不在だけを君が過ぎる
そんな気がした夏の終わり、秋の始まり
季節の間隙をぬってだけ打ち寄せる波

恋人たちが遠ざかる波打際には
その昔、川に流された小瓶が届く
どれだけ昔なのかは知らないけれど
微かな光が閉じ込められた小瓶を開けるのは
きっと一匹だけ取り残されたヤドカリだろう
深海に沈んだ貝が死に絶えるのを見送り
ただ一匹で砂浜を守るように這いまわるヤドカリであろう

小瓶が開くことはないけれど君は
そっと小瓶を取り上げてヤドカリを手に取る
忘れた愛情を真似た手つきで
もう捨ててしまった恋を知り尽くした微笑みで
過ぎることを忘れた時のなかで
季節のない砂浜には君とヤドカリとの
小さな物語が繰り広げられている
2014-10-12 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

君の声

空ろな、それでいて激しい寒さに凍える夜には、君の声を傍に置いていってほしい。
たとえ未来が絶望だけに満ちた姿でのみ、一縷の希望としか見えようがない夜には。惨めな情けなさに微風さえもが避けて通る片隅とも言えぬ片隅に(あらゆる片隅に)、包まる毛布の一枚とてないとしても、だ。
それでも奮う勇気や雄々しさやらのすべてを、この生身や生血を犠牲にしてすら、君の声を求めるだろうから。

残された時間など端からなかったことは知っていたのだ。散る花びらの一枚一枚に重ねるように死んでゆく私らを、その影の薄さを、温かな嘲笑が包み込んで世界は始めて、地平線を持つだろうしね(水平線について…その地平線との違いについては、かつて語ったことがあったろうか?)。

ああ、酷薄な鼓動が私のなかを駆け巡っている。碧さのなかに碧さを重ねた君の声のなかを、深淵を。記憶の水平線を超えて、空に触れるように。
ここに始めて、君への告白のときを見定めているのだ。愛や別れや、恋という名には決して縛られず、血をもってしても語られることのない君への告白のときを。

秒針よりもわずかに遅れながら揺れる廃線脇の名を与えられたことのない一つの花として、その揺らぎを決して風には任せることのない花として。散ることを星に奪われて一つだけ、なお凍ったまま咲き続けさせられている花を引き裂いたときの叫びを聞いたことがあるだろうか。

私は、もう私を維持出来ないで、ぼくに戻ってしまうだろう。
君の前を通り過ぎる影だけを置き残して、私は、ぼくに戻る。
もう永遠に凍り続けるだけのぼくに戻る…のだ
そして、

きみのこえ…

再生の、再生する-
2014-10-11 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

永遠の君

飽かず永遠のように忘れた日が蘇っては、深い汚れに黒く淀んだ川面をおぼろに漂っている。美しい旋律や清らかな歌声が遠く、川下の橋を渡っている。雲は山の頂きより低きを靡きながら流れ、風は冷たさを含んで遠慮がちに時折にだけ横切っている。
すべての辻を、曲り角を通り過ぎただろう、その日を刻むカレンダーのなかに一滴の完全な水滴が落ちてゆく。

「恨むだろうね…」「どうかしら?」
手持無沙汰が弄ぶ指輪が鈍く光りながら君の不明な表情を探しては映し、空が鈍色で満たされるように祈られた瞬間が、その日となった。君は恨むことなく完全な復讐を遂げたのだ。それは、ほぼ完全な忘却によって。一方的で、暴力的な忘却によって。

君の見たがっていた海を前に立っている。完全なる姿形を維持出来ない永遠の波打際には、君の忘れた貝殻が始原の波に打たれ、波音を抱えて私を待っている。
想い出すのは いつも、ただ一滴の滴だけだというのに、蘇る日には君が立ち上がるのだ。二人して座ったらしい錆びた四足を持つがたついた椅子には、二人の幻影が居座ったままなのだ。
永遠というものがあるのなら、それはきっと、君が与えたすべてのなかにある。
私は、いくつかの街を想い出し、いくつかの陸橋を想い出す。そこにいた、決然とした君の、その表情とともに、碧さが透明さに変わる、そんな夕暮前の不思議な空とともに。
2014-10-11 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

青と白(そして蒼と消去された碧)

飛行船の優雅な飛行に乗って、ゆっくりと訪れた秋が空を舞っている。静かな乱気流、穏やかなつむじ風、激しい陽だまりに潜む優しい面立ちの影、季節の再誕と死を彩る諸々の事象と事情は気候によって語られた。短く難解な詩句が読まれる前に鳥の飛跡を追って通り過ぎると、残された立ち止まりのなかで一つの時間が消えようとする。

「雲の裏側を想い出すように読み解かれる謎のような、パズルのような」
と独りごちながら大きな目玉をアチコチに向けているヤドカリが荒い砂を超えている砂浜を顕微鏡で見るように間近に見ている。哀しみに似たように降る雨に似た哀しみが、霞んだ島に静かに訪れると、接岸の音はモノクロームに近い青と白の色に変わる。そこから世界が青く、白く開けていた。

君の待っていた青と白で見える世界を、その青さの深さで導き入れながら、再度、世界は賑やかさを取戻し、日常という日常を再開するけれど、一度、目にしたのなら忘れない。
どこまでも深く、どこまでも浅く、青と白だけで描かれる世界図を。忘れた夏さえ蘇る、青と白の冷たさと優しさに満ちた不透明さを降る雨を。君だけが乗り込んだ蒼く勇壮な飛行船を。
2014-10-11 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

想い出している

早足で駆け抜けてゆく午後の光を浴びながら街角を曲がる自転車の速度を追いかける少女の髪が風になびくように流れてゆく午後の雲を断ち切るように地平線に伸びる飛行機雲を追いかける君の視線を想い出している。
きっと、そこに君がいたのだろうと囁く自分の声に導かれて想い出している。
もう一度、囁こうとすると君の耳は消える。聞く耳だけが消えて、聞かない耳だけが現れる。そして、もう一度、繰り返されるのだ。
ああ、確かに早足で駆け抜けてゆく午後の光を浴びながら街角を曲がる自転車の速度を追いかける少女の髪が風になびくように流れてゆく午後の雲を断ち切るように地平線に伸びる飛行機雲を追いかける君の視線を想い出している。
一度だけで通り過ぎて戻らないすべてを追い抜いて、繰り返される、もう一度だけ、もう一度だけ。
ああ、確かに、確かなことだった。君以上に確かなことに縋って、ああ、引き戻されるのか。
うんと曖昧な記憶のなかを早足で駆け抜けてゆく午後の光を浴びながら街角を曲がる自転車の速度を追いかける少女の髪が風になびくように流れてゆく午後の雲を断ち切るように地平線に伸びる飛行機雲を追いかける君の視線を想い出している、想い出している。
2014-10-11 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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すこしの風を追いかけて
【 短文 】
大海にも降る一滴
2015.07.17.

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