天深く

言葉は、たった一つでも不思議な気配を見せてくれる宝石のようなものだ。
一つ一つの言葉が組み合わされると、そこには見たことのないようなジグソーが出来上がる。
さらに文章は立体的な迷路や城となり、宇宙をも垣間見せるかのようにおぞましい幻想に誘う。

言葉の組み合わせは、通常は、ほとんどが決まっている。
「天」とは「高く」が結合して「天高く・・・」。
しかし何故「天高く」なければいけないかは、誰も知りはしない。

「青ざめた天に深く諸手をグイと差し込んだみたら、
 死体に触れた時のヒンヤリした感じに思わず深く腕組みをし、
 ただただ黙って震えていたのだった。」

「天」は「深さ」を与えられることで、気体の果てにある存在から、
粘性を有した液体へと変化し、その液性は生き物のように我々と「交流」し始める。

そこに「事実」はないか?
いや、事実などいらない。
求めるものはないか?

言葉で遊ぶ者達は、常にその気配を探り、己が言葉の城を作りあげていく。
他人から見れば、それは砂を固めただけの幼稚なものでも、
そんな城でも大切なものなのです。

いえ、本音を言えば、他人から見ればなどとは考えていないのです。

その城を作るのは。
ええ、その城を作るのは、自分が作りたいからですから。
自分が入り込みたい城を作りたいからですから。

(初出:2004年11月29日)

2006-08-18 16:53 : 消去一葉 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :
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言葉を紡ぐ
詩とはなんぞやと考えたことがあります。
いろんな人の詩を見ると、形式や形態が様々で
ストーリーがあってショートショートに見えたり、エッセイの様であったり。
結局私の中で出した結論はそんなことにこだわらす自分の書きたいものを書こうと思った。
言葉を繋げ、紡いでいく。
それがいかに難しいことか、自分の想いをそのままに表現するための言葉選び。
日々、精進あるのみ、感覚を研ぎ澄ませ、いろんなものを吸収したい、そう思います。

先日の浅田次郎に関するコメントのお返事を呼んでですが、確かに彼の作品の純粋さはきっと
彼の中の表現したい本心の核の部分なのかもしれない、彼の願いでもあるのかも知れないと思いました。綺麗なものはこんな世の中だからこそ輝いて見えるのかもしれませんね。
2006-08-20 19:43 : ajisai URL : 編集
言葉遊び
ajisaiさん、こんばんは(^^)
私も「詩とはなんぞや?」というのは、考えれば考えるほど分かりません(というほど、考えてもいないというか放棄してます 苦笑)。
私の場合は、何を書くにしても「言葉遊び」という感覚の方が強いんです。書いては違うな、と想い、書いては違うな、と想い・・・かと言って、深刻に悩むでもない。でも、少しでも気に入ったフレーズでも書けると嬉しいんですね、やっぱり。そのために毎日、少しでも書くようにしているのかもしれません。

浅田次郎のコメントは、少し色々な作家さん(文学に限らず)の実生活に想い馳せて頂ければ分かり易いかもしれません。中也も嫌味な酔っ払いですし(苦笑)。一人の中に様々な色があって良いのだ、と、少なくとも私は想っています。
2006-08-20 23:14 : まっく URL : 編集
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