哀しみへの距離

数歩で見えなくなる距離から哀しみは
出会い頭のような突然さで訪れる
それは本当に遠くから訪れたように見えて実は
そう遠いものではなかったのだ
むしろ身近さは遠さとなり私たちに覆い重なっている
海で、波音が訪れるのは遠くからではなく
足元を洗う波からであるように-
どのような哀しみも、不意の哀しみも
もっと身近で足すら浸している
そんな距離から訪れる-というよりも
そこにあっただけのことなのだ
むしろ身近さが遠さを演出し
私たちは演出に応じているうちに
演じていることを忘れてしまう
それは酷く残酷なことのようにも想われるが
人はその、酷く残酷であることを択び
その内で生きていこうと意志するものなのだ
自らの内に持つ残酷さと呼応させ人は
哀しみから遠いところにいようとし
実際に、その見せかけは至って正確に
遠さを保つことに成功しているだけなのだ
2014-08-15 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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