飼育論と吐気

有名ホラー小説家が、飼猫(雌3匹)の子供を、
尽く自宅そばの崖下に放り投げて殺していたというニュースが目に入った。

あいにく、相当記事が手元にないので、ネット・ニュースを元にすると、かかる「主張(下記)」をしているらしい。
読んでいて吐き気がした。

「避妊手術」=「生まれてすぐの子猫を殺す」
以下、発言部と思しきものを引用する。
「人は他の生き物に対して、避妊手術を行う権利などない。生まれた子を殺す権利もない」
「自分の育ててきた猫の『生』の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した。
 もちろん、殺しの痛み、悲しみも引き受けてのことである」
「タヒチ島に住んで8年。
 人も動物も含めた意味で『生』、ひいては『死』を深く考えるようになった。
 『子猫殺し』はその線上にある。
 動物にとって生きるとはなにかという姿勢から、私の考えを表明した。
 人間の生、豊穣(ほうじょう)性にも通じ、生きる意味が不明になりつつある現代社会にとって、大きな問題だと考えているからだ」
引用元

想い出すのは小学六年生の頃のことだ。
当時、冷戦状態だったクラス女子軍団。
愛情だ、友情だ、団結だ、とか仰られているので、
有言・無言に「ケッ、バカくせぇ」というのが大きな理由だったのだろうか?

後年の同級会では「あなたが正しかった。私達は先生(担任)に振り回されていた。」と言っていた。
「お前は、小六になっても自分で考えられんのか?」
という言葉は飲み込んだ。

身体的障害を抱えている同級生に対して無言の冷たい視線を送り、
知的障害を抱えている同級生と遊び交わりもせず、
イジメを目前にして何もすることなく、
能力の劣った者に蔑みの目を向け、
まだまだ言いたいことが山ほどあった君達に、
愛だの友情だの、しのごの言われたくない。

それはさておき、連中、「可哀想」の一事を以って、捨猫を拾ってきたことがある。
確かに、痩せ衰え、醜怪な毛塊に満ち、目ヤニにまみれてる様を見れば哀れだ。
なんとかしたい、その気持ちは猫嫌いの私でも理解出来る。
かくて引き取り手の現れるまで、コヤツは生徒宅を転々とすることになった。

私の家に来たのは、拾われてから、それなりの日数が経っていた記憶がある。
驚いたことに、哀れな様を変えずに訪れた。
即日、自分が考え得る洗浄・介護をほどこすと、
ほどなく愛らしく元気な子猫になった。
その後、次の級友に渡した後、ほどなく引き取り手が現れた。

と、こんなことを覚えているのは、お袋が、
未だに「汚い子猫」を拾ってきて(勘違いなのだが)、
せっせと洗っていたことを記憶していて、
「全く、馬鹿というかなんというか・・・」
と事に触れて何度も繰り返すからである。

当たり前のことは誰の言葉も必要とせず、記憶から消え無くなれば良い。
・・・のだが、以降、女子軍団の如何なる言葉も一切、聞かぬ、
と、さらに固く決意したことは言うまでもない。

この作家も、女子軍団と同じ臭いがする。
「避妊手術」=「生まれてすぐの子猫を殺す」
ここまでは理解を示したとしよう。しかし、
「避妊手術」=「生まれてすぐの子猫を殺す」=「生物を飼うこと」
と、何故、考えられないのか?

「飼育」というのは、既に、その時点で人間社会に引き込むことに他ならない。
野生から切り離された生物は、基本的に死んでいると私は想う。
残り得る選択肢は、家族として迎え得るかどうか、位のものである。
偽善めいた言訳を巡らす前に、膨れ上がる人口を、
あるいは将来に悪行に走ること危惧して我が子を殺すか考えてみよ。

飼育自体が殺すということなのだから、粛々として避妊手術をすべきなのだ。

吐気が止まらない。
私は、腹が立つと吐気を催すのだ。

2006-08-24 11:15 : 消去一葉 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :
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命の重さ、心の痛み
クラスの女子同士って何故あんなにも陰湿ないじめができるのだろうと思う。
グループを作り、あることない事悪口を言い合い、同士を集めようと画策する。
恐ろしいくらいのものでした。
私ははたで見ていてどっちもどっちだと思っていました。
有志に加えようと私のところに来る女の子たちに「誰がその(悪口のこと)ことを確かめたの?見たの?」というとしどろもどろになる。
馬鹿馬鹿しくてどちらにも加わらずにいたら皆から無視された。
更に嫌な気分になった。
自己主張のできない人ばかりに自己主張するとこうなるのです。
無視された人間の痛みを彼女たちは知らないし分からないんでしょうね。
でも、私は私を曲げなかった。
そのため学校生活では友人と呼べる人はできなかったけど、
無理にあわせてまで生きていくほうがつまらない人生だと私は思いました。

学校帰りに捨て猫がダンボールに入っているところに何人かの子達が囲んでいるのを見たことがあります。でも「かわいそう」というだけで誰も何もしようとしない。そこで撫でて可愛がるだけで皆去ってしまう。私はというと家でペットは飼ってもらえないのが分かっていた。
私は家に連れ帰りどうにかできないか相談した。近所のペットショップに連れて行かれたのだけど、可愛かったしきっと誰かに買ってもらえたと思う。
単に情けをかけてしまうほうが余程猫たちにとって哀れだ。
置いていかれた猫たちが死んでしまうかもと考えなかったのだろうか?
命の重さを考えない人が多い嫌な世の中です。
2006-08-24 12:08 : ajisai URL : 編集
嫌なヤツ
ajisaiさん、こんにちは(^^)
記事で触れた作家さんも、女子軍団も、実は嫌なヤツであることは分かっていると想うんです。
そう想いながら書いている私が、実は一番、嫌なヤツなんです(苦笑)。
せめて書かなければいいんでしょうけれど、書いてしまう自分が「・・・」です。orz
2006-08-24 13:30 : まっく URL : 編集
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拝啓




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