君になる君ならざるものへ

詩とは"現在"のみに拘束されるべきものなのだろうか?
詩には、あらゆる「否」が与えられるべきではないのだろうか?
あらゆる否定が詩を覆うとき、確かに終極のとき、
詩は詩であることを止め、詩自らの死の床に横たわろうとするのであろう
しかし、そのときなのだ、微かな光が蘇らずにはいられないのは
あらゆる否定があらゆる肯定に向かって一筋の光芒を放ち、
ゲートが開く前の荒馬のように疾駆の胎動を響かせ始めるのは
詩は、あらゆる否定と肯定との間を自由に、暴力的に往来するのだ
詩は現在を棄てる
遺棄された現在…そこに惨めに縋る過去だ、未来だ
ああ君よ!
肯定にも否定にも背を向ける絶対領域よ!
君の死が、君のあらゆる詩として幾度も幾度も、
君の探し当てた絶対領域のなかですら
君の詩に対する死への、君の死への、
絶対的な抗議を叫ぶだろう
絶対的な否定を雄叫びに変えて君となるだろう!
2014-10-14 00:00 : 試詩的終宴 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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