彼の不可能性なら牢獄へ

夜の刑務所でだけ聴こえる嘆きなら林木に刻んで去るだろうけれど、かすかさしか彼を知らない。むしろ彼が知るのはかすかさだけだっただろう。たった一つの注文すら受け付けることのできないレストランで彼は、いつもコーヒーだけを何時間も待ち続けている。それは彼女と呼ばれるのを待つ儀式のようなものだ。
新聞紙を広げたように同じ本を広げ、同じ個所ばかりを繰り返し読み続け、ついには一冊を読み終えてしまう。彼なら、そうしてしまう。彼女なら、どこも読まずに何冊でも読み終えてしまう。

風に呼ばれたように海では波が立つ、湖の波なら風に置き忘れられたように、川なら傾斜への抵抗として波を抱く。どの波を愛したらよいのだろうかと悩む間も与えられず命は去ってゆくだろう。すべてを置きざりにするように、置き去りにされて、冷たくも温かくもない無機物の、報われれば鉱物の涯に。
けっして緩められることのない歩みを嫌いながら、拒絶できない坂道の途上にだけ立つあばら家のように、だれしもが立つだけで精一杯だのに、なぜに空は透きとおれる、碧くいられる?鈍色の雲を無数に抱いて、立ち上る蒸気に蒸し殺される無数の生き物たちを睥睨しながら、なおも空は空でしかあり得ない哀しみを追っているのか。
どれだけ遠ざけようとしても追いかけてくる「哀しみ」という言葉に催す、この激しい嫌悪をだれかれ構わずに手渡し、固く握らせ、それが黄金色を発する宝石でもあるかのように唯一の、なにかしらの王者の徴ででもあるかのように。しかし逃げられないのか、こうして書いている限り逃げられないのか、手渡すことはできないのか…むしろ嫌悪ではなく正確には「哀しみを」だが…できないのか…

告げられることのない不可能性のなか、私たちを結びつけるしか能のないことが多過ぎる。私を置きざりにしてはくれないことが多過ぎる。彼の包まれるだろう夕暮のなかに私は、激しい慟哭だけを残して決して立つことはあるまい。もう立つことも、座ることもなく、ただ伏すには伏して星を爪弾きながら数え続けていれば良い。それが夕暮なら、私を通りすぎて届くべき人の元にあるべきだ、むしろ彼の元に、彼女になれない彼の元に、ある枯れた夕暮として黄昏るが良い。
2015-02-13 00:00 : カイエ、詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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