失色する新緑を見た

二月の最後の日も、もう半日も残さずに三月になる夕刻、すっかり葉を落とした枝の群れが目に入り、しかし緑色に見えて見直してしまった。
それは紛れもなく枯れた枝の茶色のままで新芽だって確認できないままだった。が、しかし、ある角度、ある視野からは緑色を帯びるようだった。それは既に斜陽が覆い始めている青空を背景とする瞬間で、きっと斜陽の黄色と空の青色が混じってのことではないかと想った。気づかずに過ぎていた二月が、意識のどこかでは既に三月を、新緑の季節を迎え入れていた、それだけのことだったのかもしれない。

犬は白黒の視覚しか持たないと聞いたことがある。イルカは超音波で。
私たちの認識は、なんによって定義されているのだろうか。その認識と心象との、イメージとの隙間には無限の夾雑物が溢れているに違いないだろうと、ぼんやりと考えていた。
懐かしい海の匂い、何度でも繰り返し語ってきた懐かしい海の匂い、それが感じられなくなってしまっても懐かしさだけを残している、懐かしい海の匂い…
遠くから歩きはじめれば近くに、無限遠から歩きはじめれば必ず近づかずにはいられないのだろうか。私は、あまりにも色々なものに近すぎたのではないか。この遠ざかりのなかで、しかし哀しみとは、それを呼ぶまい。
幻想の新緑は斜陽の強さに同じく傾いて失色して、しかも無言のなかに留まったままだった。
2015-03-01 00:00 : カイエ、詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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