月をまたいで風が吹くような、という比喩のように

月が変わったといっても、いくつかの可能性が少なくともある。
一月、二月と数えられてしまう月と、それに似た空の月と、数えられることを拒絶した月と、数えられることを忘れられた月と、月と月と。
変わらないままの月なら一瞬間を占めている、すべての種類の月を愚かしくも挙げよう、あなたにも捧げよう。

ところで過ぎることすら知らずに過ぎる夜に静けさを与えようか。
騒々しさを与えようか、哀しみを楽しさを怒りを苦しみを、安らぎを?
まるですべての言葉を持たずに待ち続ける恋人のような夜を私たちは占有していながら、無限の慈しみさえ汲みだしていながら、なにもできはしないが、その無力さなら愛するに足りるだろう。私たちの無力さのひとつは夜に由来する、そう言い換えてもいいかもしれない。

夜を遮断することはできないので私たちは夜のなかにすら昼を作り出したわけだが、その昼を居心地悪く感じるのは君だけではない、私もなので、ふたりして安心しよう。あるいは、ほかにも同じように感じる人は少なくないかもしれないと私は想っている。
夜にモーターを疾駆させる彼らは、どちらにも決めかねている悲鳴をモーターに託しているようにも想える。少しだけ待っていたならば、私たちとともに逃げ込める夜だけを愛するようになるかもしれない。

そうこうしているうちに、もう旅立たねばならないひとがいる、新たに訪れてくる人もいる。私の置かれた場所は常に静かな賑々しさから逃れようとしながら手放そうともしないようだ。
そのことについては私たちは諦めを与えるしかないだろう、そう決めただろう。

さて元の話題に戻るべきだろう。
実際の私たちは五月という数えられてしまった月から、六月という新たに数えられた月へと移動させられてしまった。それは月が変わったのではなく私たちが変わったからだという認識も必要ではないかと私は想う。
君の考えでは月は裏切るものらしいが、むしろ私たちが月を裏切り続けているのだ、あまりにも彼らは無言に過ぎるからね。私たちが永遠を月に与えることすらできること、それは当然の権利だし、彼ら月たちにしても、彼らなりの会議が必要ではあるにしても、その方が明確で宜しいという決議を提出してくるかもしれない。
しかし、なによりも肝心なことは、すでに五月は過ぎ去って戻ろうとはしないので、まずは六月を迎えるしかないという事実だ。
すべては六月以降の懸案事項である、そのことだけは認めざるを得ないようだ。

初出:note.mu(20150601)
2015-06-08 00:00 : カイエ、詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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