それが最後の瞳なら、遠い貝殻のなかに閉じ

声だけを追いかけて消える夕暮のなかを君が歩くと、想い出の貝殻のなかで海が波立ったのだ。それだけで私は知るだろう、そう想っていたものだ。

私の知ること、そのすべてを引き渡しながら知らない過去だけを引き受けてきたし、どこに君がいるのかさえ見失いながらも君の影だけは踏むように歩いていたはずだった。そして痛む躰をさえ愛さなくてはならなかった。
縮むことしか知らなくなった躰が、それでも縮むことを拒否しながら悲痛な叫びを上げている。まるで君を求めたときのように、激しい痙攣を次々と引き起こしながら、そうだ、あの海の小波のように。

「一番、安い魚を下さい、そのうち一番、かなしい魚を下さい」
夜になってから乗り込んだ朝市の痕を追いながら夜風が吹き渡る。一等、私が悲劇に見舞われたのは、いつも階段があったものだが、そこには階段はなかったはずだ。なのに、その夜風は悲劇的だったし、私を吹きぬけた後にだけ喜劇を演じた。
「一番、かなしい魚を下さい、そのうち一番、安い魚を下さい」

ぼくは、と私は言い、つまり、ぼくは、そんなにも君を知っていた。しかし、悲劇と喜劇のどちらに加担すべきかまでは決めかねていた。だから、こう言ったのだ。
「魚に似ているだけの魚を下さい」
そして、こうも言った。
「その魚は私と似ていますね」

君を想い出す貝殻のなか、私はひとつの海となり、小波に分かれながら君と重なった。縮みこんだ躰と躰を無数に集めて私はひとつの海となり、小波なんかに分かれながらも君と重なり、君の永遠を奪う君となっていったのだ。
「そういえば、ぼくは夕暮を見てないな」
などと呟きながら、そのまま最後の瞳も閉じたのだ。

初出:note.mu(20150602)
2015-06-11 00:00 : カイエ、詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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