そのとき詩人を持たない詩碑が重力を持ったかもしれない

「もうひとりになっていいだろう」
そう言いはじめて気づく遠くまで長い廃線の線路は陽に照らされてまばゆいほどに光っている。そのときの線路は一メートルほどだったし、それを永遠の一メートルと呼んでよかった。そこにはお決まりのように菜の花や名も知らぬ花を捧げておこう。

「揺れるのは傘ではなく陽の光なのよ」
そう笑うきみさえいたかもしれない季節を夏と呼んだし、冬とも呼んだ。忘れられたように春と秋が交互に過ぎてゆく。夏と冬は常に一緒に訪れてくるから雨季は休む暇がない。すべての季節に雨季が訪れるからだった。
梅雨を憶えていないので次の梅雨が訪れることを知らないままでいるが、傘ならどこにでもあるだろう。一体、傘のない世界など見たことがないのだから。

そんな少女のような戯れに付きあうのも、たまには悪くないものだ。ただし、あまり近寄らないで欲しい、できれば見えなければ尚のことよい。
坂道を下るのは中々に忙しくて、何がほしくてそんなにも引き寄せようとしているのか分からない重力だけが二本の足を交互に引っ張ってゆく。足が二本で足りなくなったら転がるのが最善なのだろうかと「効率」という言葉を想い出す。

そうこうしていれば線路からもずいぶんに遠い。無数の花々も、もはや数の外にはみ出している。もう一度くらいは言うべきだろうか、少し悩みながらひとの気配を恐れているので言うべきだと想う。
「もうひとりになっていいだろう?」

応えるひとのない問いをくり返しながら転がるのも楽しい気がしたし、放り出された足なら夕暮れの空に、と言いたいところではあるが、あいにく夕暮れ時ではない。より正確にいうならば、どんな時間でも良かった。
ただ、そのときの空に足なら放り出された、それだけで十分だった。

いくつもの季節を同時に感じながら少しだけかもしれないひとりを、それでも感じれれば嬉しくて泣きそうになる…そういっていた詩人を少し想い出すように創造する。
詩碑にまで到達してしまったならば回転が止まってしまうだろうから、詩碑が遠くにあることを望みながら、わたしだけの詩人を創造しながら愛し続け、遠くまで遠くまで坂の下を転がり転がり、決して底のないことだけを祈る鐘を鳴らし続けている。

初出:note.mu(20150608)
2015-06-20 00:00 : カイエ、詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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