恋だけしかできない詩人に出遭うということ

いくども推敲されたように書かれたラブ・レターなら詩のままにとどまってしまったし、それは、むしろラブ・レターの練習でしかなかったのだが、いまやどちらでもいいことだった。
恋を数えるよりも季節を数えるよりもとなにを数えるべきか挙げようとし続けながら数えるべきことを想い出すように恋に堕ちただけだった。ラブ・レターの書き始めのように恋が始まっただけだった。

その足跡を知っている、だれもが知っているし踏みさえするのに足形が合わないだけで通りすぎてしまうだろう。たしかに少しサイズが大きいように感じるのも無理はない、だれにとっても他人の足跡は大きくあるべきだったし、そのことだけが恋を可能にしたし、そのことだけでしか恋は生まれなかったのだから。
どこまでも指先を伸ばそうとするバレリーナ、そう書くだけで書くべきことを忘れられたが、足の大きさと足形の隔たりは、そういうものだ、たぶん、そんなことだったかと想う。

ガラスが冷たいのは雨に打たれたからとは限らないように、あのひとが冷たいのは雨にばかり打たれたからじゃないよ、そう告げたが彼女の瞳は変わることのない潤みだけを求めていたのだった。つまり詩を書くという試みは失敗に終わったままラブ・レターだけが増え続けたのだと表現し直してもいいだろう。
つまらない女だったね、わたしが言えるのはそれだけだったが、実のところ、その女のことは知らなかった。
彼の瞳のなかには彼女が棲みついているので、それだけで良かったと言うべきだろう。彼は常に彼女を通じてしか世界を見ようとしなかったし、見るべき世界など崩れた天気ほども存在するはずがない。

「それよりもきみ、せわしい一日を過ごしたものだね、お互いに」
精一杯のきみの声の震え、震えの声を少しだけ受け取ったならば、こう答えるべきだ。
「いつだってきみの一日だけはせわしいじゃないか」
彼の耳は、もう聴覚を喪って、やはり女の声だけがこだまし続けているのだが、それくらいをささやく義理ていどならあってもいいだろう。
しかし、それをやさしさと呼んではならない。やさしさはなくならないが、あまりに不規則に疎らすぎる偶然に過ぎないのだから。

初出:note.mu(20150608)
2015-06-09 00:00 : カイエ、詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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