別れが彼を経て夜空に連なるわけではなくて

別れた後ろで押し寄せてくる波のように季節が追いかけてくる坂の下通りを歩く彼は猫の歩幅と静けさを保っている。彼が、この直前になにをしたか、なにが起きたのか、同じ季節だけを枯れ続けている枝に揺れが訪れると問うのを待ちはじめていた。

その手に鋭利なナイフを持たせるのは哀しみに寄りすぎているし、手紙を持たせるのは寂しさに寄りすぎているだろう、実際のところ彼はなにも持ってはいないし持つことができない。追いかけていたボールを忘れてボウと立ちつくす犬が一匹、その足元を見つめているようにうなだれているだけで十分だった。

季節を離れれば空は明るいままで、つまり夜までの時間を持っている空だった。
どこまでも辿っていけるのならば海にも山にも、どこにでも降り立てる空だった。
彼を見捨てたまま鳥たちだけに優しい抱擁を与えようとしている空だった。

一陣の渡り鳥が過ぎれば空は連なりを喪って夜へと流れ込んでゆく。夜月が煌々と輝き始め、星がひとつを飛び越えて無限の数を展開しようとしていた。
流れ星が登場すると、そのまま彼の頬を掠める涙となったろうに、その夜には流れ星は流れなかった。ただ彼が沿い歩く川が夜の面を滑らかに光らせて彼を待っているだけだった。

一枚の通知をポケットから取り出すと街灯がそれを照らし、哀しげな宴を電線伝いに遠方まで告げ広めた。彼はひとりきりだったが、彼のことはだれもが知っていた。だれもが知っている彼だったが、だれもが沈黙だけを彼に手渡していた。沈黙だけを受け取りながら、彼は泣きはじめようとしていた。泣き始めようとしながら彼は、そのまま乾いた砂となって崩れて消えた。

彼の女については、なにも語ることはない。
彼が別れたのが女だったのかも、なにも語ることがない。
別れが彼を語るときも永遠に訪れることがない。
彼と別れと永遠とは、すべて無関係に夜空にぶら下がったままでいるだけだ。

いつでも夜空は、無関係なものたちが無数にぶら下がったままでいる。
ただ、それだけのことでしかなかった。

初出:BlogSpot(20150622)
2015-07-10 00:00 : カイエ、詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
コメントの投稿
非公開コメント

« next  ホーム  prev »

拝啓




Author mak From "空白"

想一葉、兼訪問帳

星々の冷却(書肆侃侃房)
渓谷0年(オンライン版)
Both by mさん

【 無意味という意味 】
すこしの風を追いかけて
【 短文 】
大海にも降る一滴
2015.07.17.

For Admin

落書内検索

一言お報せ

リンクは勝手に頂戴、削除してます
ご迷惑な場合は、ご一報下さい



メール・チェックは非常に稀です


BlogPeople

出現するかもエリア-転記候補