ある薬害記録

初出:Tumblr(24 6月, 2015)

ぼんやり服薬していた私が悪いのだが、年来の痛みに効果が期待できるということで服用していた薬の影響と想われる症状が生じている。
私自身も苦しいことは苦しいが、周囲に迷惑をかけざるを得ないことが心苦しい。役に立たなくとも、せめて迷惑はかけたくないくらいの気持ちは私にもある。

辛うじて保っているだけかもしれない意識でだけ生きているようなものだが、生来の気質からか死にたいと想ったことは一度もない。もっとも生きていたいという強い欲求も感じはしないが。
私の部分部分が部分として部分でしかない私を守ろうとするがために私が分解されてしまう、そんな表現が似合いそうだ。
そんなこんなのなかで気づいたこともあるので、メモから転記して記録しておく。

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対象が存在するような事態が意味を持つのではなく、状態が意味を作り出す。
不安は足場への固着状態である、焦燥は整序への固着状態である、譫妄は存在への固着状態である。
つまり、あらゆる恐怖は<本質的に存在し得ない>のだ。
あえて言えば実際上、耐えなければならないのは<恐怖の不在>である。
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ことばは無意味だ、あらゆる記号も無意味だ、あらゆる意味は私だけが創り出す権利を占有している。少なくとも今は、なにものにも、その権利を手渡すわけにはいかない。
意識が混濁し薄れてゆけばゆくほど、そんな執念だけが強くなってゆく。まだ、もう少しのあいだとはいえ、私のようなものでも好きに野垂れ死ぬわけにもいかない理由もある。

子どもたちを愛しているのかどうかなどということは分からないし知ったことでもないが、親という意味を与えられている、その点においては権利を手放した責任がある。そして、その気持ちは他ならぬ私自らが引き受けたものだ。遂行途上で野垂れ死にするのも仕方ないことだが、出来る限り先延ばしはしたい。

実のところ個人的な薬害なぞは大した問題にもならない。
先進国と称される国に住む、ほとんどの現代人は所詮、ジャンキーでしかないのだから。そもそも生物という存在自体が中毒患者だと定義しても、あながち大きな間違いとは言えまい。一体、依存するなにものもなく存在可能な生物などいるだろうか。
ところで足元も怪しげな状態になっても、まだまだ戦闘意欲は衰えないし、私も案外と頑固で負けず嫌いだったのだと気づく。

夕頃に降った雨の名残か、夜風が冷たく気持ちよい。
そして、こんな夜の音は静かにしか響かない。

2015-06-24 00:00 : 消去一葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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