それは「手負い」か

初出:Tumbler(25 6月, 2015)

完全にノラと化した、しかも母猫となると警戒心も強く、容易には懐こうとしない。四匹の仔猫と飼い犬に気遣いながらだから仕方ない。通常のノラだと間のつめ方を間違ったりしなければ撫でさせるくらいまではなんとかなるものだが、人間に対する不信も強い様子が余計に愛着を覚えさせる。

子どものころは大抵の人と同じく色々なものを飼ったが、最近はそれも可哀想に感じることが多く、あまり乗り気になることもなくなった。我が家に数年来、棲みついているヤモリも同様だ。

ヤモリは骨格が非常に弱いらしく、獲物に食いついた勢いで骨折してしまうこともあるのだとか。一度、間近で観察を兼ねて飼ってみたいと想ったのだが、骨折させてはいけないと丁寧に捕獲しようとしたが、これが難しい。
普段は動いているのかすら怪しいような緩慢な動きしか見せないが、さすがに獲物を捕獲するときと同様、逃げるときも素早い。逃げられたときも取り敢えず骨折した様子もないので安心したが。

人間の生活に適応しなければ生きていけない動物も多い。強い薬物耐性を持ったスーパー・ラットもそうだが、彼らがどのように進化せざるを得ないのかは人間の生活の変化そのものとも言える。
もっとも人間の与え得る変化など地球が本当に活動している現場に比すればお遊びみたいなものだ。そうこう考えると、人間もまた「手負い」なのかもしれないとも想う。

2015-06-25 00:00 : メモ帳 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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