方角を失うときについて

鳴き声だけで飛ぶ鳥の飛跡をたどる星の運行を調べていた。愛するだけで眠る鳥の傍らには胆から吐き出したらしい砂が流砂のように時間を泳いでいるだろう。自由に似た横顔できみを通り過ぎる街角に立つ時間を待ちながら風が吹かない季節を数えているのだ。
生物の時間など数える人間などがいるのかと少し驚きながら、数じゃないだろうと想ったが数だった。腐ったようなにおいだけがする数を追うと、どこかでにおいが途切れるらしい、確かにそれなら数だろう。
私は星の運行を調べるようにきみを調べたはずだ、きみの真似をして、まるできみのように、きみになって星の運行を調べたのだから。
鳥が飛んでいるわ、そうきみが言ったらしいことは記録にも残っていた。しかし、その記録は飛びもしないし鳴きもしなかったので私には分からない、あくまで噂だそうだ、そう伝えておく。
なぜ北極が北極なのか、南極ペンギンのように考えていると運行するように動かない星を見つけるのだ。寒気のなかには知識がある。北のなかには哀しさがある。
知識のなかにはなにもないが、哀しみのなかにはなにもないが。
朝方になると消えるきみのように、最後の鳥が最後の鳴き声を解き放つとき、星はすべての役目を終えて消える。私の瞳も消える。
方角を失って、すべてが消える、それが愛だ。

初出:BlogSpot(20150710)
2015-07-20 00:00 : カイエ、詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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