炎症性腐食、あるいはひとつの終宴

川面に吸いつけられたような落葉が数枚、滑らかにくだってゆこうとしている。淀みのうちには、残されたものたちが川虫どもに食われて川底に横たわるのをじっと待つように渦巻いている。

老いた男は、水切りをする子どもたちが高らかにのぼってゆくのをボンヤリと聞きながら、彼らを遠巻きにする少女たちを虚ろな視界のなかに沈めてから足元に視線を落とした。もう幾年も前に流行ったのだろうグラビア女性があられもない姿をさらした週刊誌は雨風に打たれて萎れている。チャイムが鳴ると子どもたちが一斉に遠ざかってゆく駆け足の音が聴こえ、また、唐突に吠えだす犬の鳴き声が聴こえた。
男はなんともなしに古い週刊誌を拾いあげ、岩群のうちに横たわるように座って足元と川のあいだに放り投げた。川底には群なす小魚たちの魚影が鮮やかに滑らかに静かに遠く泳いでいると、やおら男は陽物を取りだしながら呟く。

-もし衆生あって淫欲多からんに
 常に念じて観世音菩薩を恭敬せば
 すなわち欲を離るることを得ん…-

くりかえし呟かれる一節を知らぬかのように葉ずりする音が風音を遮って雨模様を読んでいる。男は委細、構わぬように陽物を慰めはじめた。川面を伺っていた一羽のカワセミが、ようやくに狙いを定め、水面に波紋を投げかけて去ってゆく、その程度の時間であっただろうか、男はそこらじゅうに陽物の淫液をばらまき、その淫液は大した量もないままに木の葉に隠れようとし始めた陽の光を鈍く濁らせて反射していたが、それはもう、陽の光とは呼べまい光でもあった。澄みきった空を引き裂いてゆく鳥を追うと、ちいさな校舎の時計台の向こうに消えてゆき、そこからは子どもたちを整列させるのであろう笛の音が響いてきた。
陽の光を消すように葉ずれの音がざわめくと、一羽のカラスが男の傍らの岩に佇んで、鈍さを増してゆくばかりの瞳が消えてゆくのを見守っていた。男の左手には数珠が、そしていく人かと笑顔で映る男の写真とともに握られている。男の頬に涙のような滴が落ちたように想われると、せせらぎを消すように雨音が一面を支配しはじめ、男の存在も雨音のひとつに過ぎなくなっていった。

嬌声をあげながら一斉に子どもたちが川から遠ざかるように去ってゆく。傘また傘を打つ雨音が葉を打つ雨音と競いはじめると、男の淫液は雨音のなかに溶けるように石間に消えてゆき、ただ一冊の古びた週刊誌、そのグラビア女性だけが雨音に微笑んでいた。一羽だったはずのカラスは無数の濡れガラスとなって雨のなか、ただ男を、雨音よりも甘い男の血肉を川に戻すように啄ばみながら、巣で待つ子どもたちを想いだしはじめていた。
幾葉かの落葉ならば、ようやく川底に沈むことができ、濁った川を濾しては澄みきった川に戻しながら無言を守ることに、ことのほか安堵し始めていた。雨雲を切る陽が時折、彼らを照らしながら、だれも知らない遠くへ傾き消えてゆこうとしていた。

(初出:2016/05/02 From note)
2016-05-04 00:00 : Zero Areas Ⅰ/0 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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