キムさんの想い出

不勉強で怠惰な自分を反省するとき、必ずと言ってよいほど想い出す方がいる。
学寮時代に同室だった金(キム)さんのことだ。
当時、まだ韓国の方にとって、日本は「遠い隣国」だった。
キムさんは、なんの因果か、ジャパン・マネーに寄生した典型的なエゴイストの私と同室になった。
が、なぜか「微妙な関係」を二人で(?)上手く築き上げたのだった。

キムさんの友人の中には、韓国の中小財閥の御曹司などもいたが、彼自身は左程に裕福な家庭で育ったわけではなく、むしろ国から奨学金をもらって留学して来るほどの人だった。
学内にある寮で毎朝7時には起床して歯磨き、洗顔、軽い運動をして机に向かう。
よく遊びに来ていた御曹司はキムさんと同じ歳のはずなのに兵役から逃げ回って叱られていたが、当然、キムさんは兵役などサッサと済ましている。

キムさんが同室であったことで、私は留学生を通じてではあったが、「東洋の人達」と話し込む貴重な時間を過ごせたのだ。
私自身はキムさんの辞書代わりであって、キムさんのテキストを見ながら細かいニュアンスを出来るだけ伝えようと奮闘した記憶が鮮明に残っている。キムさんとは、生活習慣の違いから喧嘩もしたが、いつも聡明なキムさんの理解の上に私は所在を得ることが出来た。

キムさんが留学してきたのは30を過ぎてからだったが、彼が今後、果たすだろう未来は、当時の私にとって眩し過ぎた。
自国と日本の関係を温かく、しかし出来るだけ丹念な緻密さで、今一度、編みなおそうとするキムさんは、決して一方的な自国擁護をすることはなく、むしろ両国の今後に向けて開くべき胸襟を探っているようだった。

いつ頃だったか忘れたが、あまりに放蕩怠惰で無節操な私のありように、
「なぜ、そうなのですか?」
と聞かれたことがある。
多分、それまで聞かれた中で最も答え難く、しかし、真剣に答えなくてはならない問いだった。
私は、随分と言葉を選びながら答えた。
「今の韓国の状況では分かり難いかもしれません。
 ただ、これから韓国は日本と同じ、あるいは、それ以上の経済発展をします。
 その時、私のような若者が必ず韓国にも出てきます。
 今、私が分かるのはソコまでです。」

それから、どれだけ経った時だったかは忘れたが、一時帰国をした後だったか、キムさんがフと言った。
「あの時は分かりませんでしたけれど、今は分かります。
 どうしたら良いのでしょう?」
きっと、私が、もっともっと勉強していたなら、キムさんの問いに対するキッカケ位は見出せていたかもしれない。
しかし私には分からなかった。
「いずれ、そのような馬鹿げた人間ではいられなくなります。
 そういう時に必要な人材こそが、キムさんのような方です。
 今、私が分かるのはソコまでです。」

キムさんが今、どうしているのか、気になることがあるけれど、敢えて連絡を取ろうとしたことはなく、その後、「結婚したと」いう丁寧な封書を未だ、大切に持っているのみである。

キムさんと私を繋ぐもの・・・ソコに、大切なものがあったのだと私は想う。
想うのだけれど、キムさんと、いつもそうしていたように大酒を喰らいながら「キムさん、今なら答えられるよ!」とは未だ言えない。
やはり私は、あれからの二十年近くの人生も、あまり有意に過ごしたとは言えないようだ。

なぜか今夜は、キムさんの鼻歌が懐かしい。
キムさんは、静かな誇りに満ちた、素晴らしい方だった。

2006-09-26 00:06 : 消去一葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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