山向こうの幸せと

幸せと不幸せとを足した涙を流す
幸せであり不幸せである涙と流す

いつでも涙している一人の人に問う
涙は、何故、流れるのか、と
その答えか、涙の人は自分の涙を指差し、
その指先の落ちていく先の草に堕ちたはずの涙は見えない

草葉はいつも湿っている
靴に絡んで露を移し
草葉はいつも湿っている

山向こうには幸せがあるとすれば、誰が山を越えるだろうか
山向こうに幸せがあるということは
誰かが山向こうから帰ってきたことになりはしないか
幸せのある山向こうから

全てが不確定、あるいは不信である世界においてこそ、真実の意味も育てば存立の可能性も見出せることは確かなようだ。真実は常にヌルヌルの姿態を私に擦り付けて甘美に狂わせる。狂気に真実はないなどということは決してないのだ。いや、むしろ逆かもしれない。

明日、遠くで鳴いた筈の、あの鳥を見たいた
「二度目」に見ていた
二度目の鳥が鳴き、飛ぶとき、私は旅立ったのだ
明日、旅立ったのだ

だから今日、私は山に行こうと想う
鳥を見に
鳥の鳴き声を探しに
もし、その時、山向こうが見えたなら
それでも僕は、君の元に帰るだろうと想う
君の元に
君の、下に
2006-10-29 11:42 : 落陽 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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