正反対の同一物の"間"

= 常に受けている影響というものを排除し切ったら、私は多分、透き通った宇宙よりも薄い存在になれるのではないか、と想う。

新年になってMさんが"詩作品"を五作も上梓された。
「塔へ」「その寒気ゆえに」「ねむる日付」「水曜日は君を数える」「下弦の月の、結露する日」

まだ続いて上梓されることを楽しみにしながら、このように連日、詩が掲載されることは今までにないことだ。
とはいえ旧作が掲載されていても私には分からないが、ある種の確信めいたものから新作だと想う。
旧作が掲載されたものだとしても、それは、ここにおいては新作でしかないので大した意味もない。

永く、Mさんは「正反対の同一物」の中を彷徨っている気がしていた。
あまりに多くの色を混ぜ過ぎた漆黒の中、あるいは無数の光色の混濁の中の透明な白。
いずれにしても、誰もが「正反対の同一物」に苛立ちを持ちながら、しかし「大人」になってしまうのではないだろうか。

= 黒だとか白だとか、そんなことを考える世界に嫌気が差しても、そんな世界を作ったのは鏡の中にいる私なのだと考えると、汚辱に満ちた涙に涙する涙もない。

いずれにしても、一連の五作は"今までのMさんの詩"ではなかった。
そう、これらは"一連"の作品で、散りばめられた言葉、漂う雰囲気こそ、まさしくMさんのそれと想えるのに、それは恋文であり、手紙であり、投げかけられた会話であり。

= 忘れた、書くことを忘れてしまった恋文は、実は書くべき相手を失ってしまった、忘れてしまった
  だから書けないと想い込んでしまった
  「読みたい」とせがむ君のために書こうと想った恋文を
  今では想い出すことが出来ない
  そんな僕を君は許してくれるだろうか

< 詩というものは所詮、レトリックなのです >
大意、そのようなことをMさんに聞いたことがある。だとすると、この五作は詩ではないのかも知れないし、詩をレトリックとした自分への反言そのものであるのかも知れない。
< 良い詩があっても、読みがダメです >
この一言で、コメントも感想も書けなくなった私はマズイ。読みを提示することの意味を知ることも感じることも出来なくなってしまう。詩を読むということは作者の意図に沿った感想を書くことではない。詩を読むという詩作的作業に迫れるかという面もある、と気取ってみたい。だけど書けない(苦笑)。
< いつも一緒にいると、その人の言葉が分かるようになるのです >
第三者自分には何を言っているのか、意味しているのか分からない一言一言が分からないからというだけで全てを終えてしまうのなら、言葉を使う作業は道具を使う作業と変わりない。

確かに全ては正反対で、同一物だ。
ただ一色の同一物である全ては禍々しく私達を惹きつける。
しかし私達は少し注意深く感じ取る必要があるのかもしれない。
同一物の間に私がいるし、君もいるし、彼も彼女も、あれもこれもが存在しているということに。

= 暗いのではないのです
  一筋の流れ星の光のためだということなのです
  だから恐れることなど何もなくて
  一筋の流れ星になって、どこまでもいきませう
  そうでなくては哀し過ぎます

全ての色、光が混じり交わって先に、正反対のものが同一物であるかの新しい答えが、世界が見えてくるのかもしれない。
見るものだけが世界を創るのだと、私には想える。
2007-01-08 12:55 : 消去一葉 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :
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ありがとうございます。
まっくさん、ありがとうございます。
そのとおり全部新作で、しかももう息切れ状態です。まっくさんのように「自然に」書いていないからでしょうか。無駄な力を持って、「楽に」書いています。
普通の詩のような最後の一行、というのも、耐えきれなかったのか、耐えて耐えて書いているのか自分でもよくわかりません。
まっくさんの読みはとてもよかったです。作品の中にはいって、すこし違う姿で浮かび上がってくるような感じでした。

ぼくは作品の中に入らずに、外から書いてしまうのですが、それは手を抜いているのだと自分では思っています。
2007-01-09 17:05 : M URL : 編集
手紙
Mさん、こんばんは(^^)

実は「下弦の月の、結露する日」 を読んでいて"最後の手紙"だと感じました。そして"最後"なのも、実は"まぼろし"なんだろうな、と。きっとまた"最後の手紙"は書かれるのだと想いますし、書かれ続けているのだと想うのです。

「読み」は、やはり分かりません(衣良さんの読みを考えると、読めるようになることは諦めた方が良さそうだと想いました)。ただただMさんの詩には惹かれ、何も分からないままに(意味不明のままの 笑)言葉を眺め、呟かせて頂いてます。

・・・と書いてきて、フと、手紙と詩というのは、ある時には非常に近しいものなのかもしれない、と想えてきました。どうしてなのかは、例によって分からないのですが。
2007-01-09 22:49 : まっく⇒Mさん URL : 編集
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