遠い陽光の中に消し忘れられた落書

少し、良い

融け始めた雪に足を取られながら解けない君の歌を口ずさむことさえ出来なくなった僕は広がる雪原、それもまた融け始めた雪であるというのに、弱い陽に青みの強い空の下でジュボッとした足の感触を味合わされてからしか吸えない息が、呼吸がほんのりと暖かいエアー、そう、エアーが胸に入り、出て行ってからポケットに手を突っ込んだ。
既に分かるように紙煙草は湿気やら紛れ込んで融けた雪やらで元の形を辛うじて保っているだけだが、マッチが使えないことに気付いて情けない気分でライターの火を起こし、見つめ、紙煙草の先を今や炎と化したそれに突っ込み一息吸い込んだが、あまりの渋い不味さに涙が出て、涙が出て、それでも震える指に挟んだ紙煙草が愛しく、微かな風にさえ消えていく煙を吸い込んで溜め、口を細めて吐き出した。吐き出した煙は丁度、雲と一重になり「ああ、美しいなあ」などと思わず呟いても聞く人などいないのに、別にそれが当たり前なのに苦笑いしたつもりで目を瞑る。
今、僕の周囲には融け始めた雪原しか広がっていないのだという考えが僕を支えているようだが、それが唯、僕の考えだけで留まっているわけではなく、実際、僕の周囲には融け始めた雪原だけが広がっている。そんなところまで歩いてきたのだ。そんなところまで歩いてきた理由があるのだろうと思うのだが想い出せない。どうでもいいことであるはずがないのに、それだけは覚えているのに想い出せない。闇の中、ランプの小さな明かりを挟んで見つめた君の顔はこんなにもハッキリと覚えているのだが、無限に広がる、この融け始めた雪原の中に立っている理由が分からない。
そういえば若い頃に酔いに酔い、雑踏の中を歩いているうちに雑踏がどこまでもどこまでも続いているような錯覚に任せて歩き続けたことがあった。なるほど、その時に似ている気がする。あの時は無言の君の背中を追い掛けてたはずだが、その後、僕らは一体どうなったか。ああ、そう。あの時は僕が悪かったに違いない。だけど君には一言だけで済むはずの、その一言がいえないままに無限の雑踏を僕は歩き続けることになったのだ。そんな風に考えるのが一番いけない。確か、そんなことを呟き続けた。
「そんな風に、そんな風に。」
君は爪先から頭のてっぺんまで何度も何度も往復して、それだけで足りなくて僕の周りをグルグルと回りながら言い続けていた。なんて情けない気分になることだろう。
ただ、今、僕は二本目の煙草を吸い始めた。それが情けない気分を消してくれる訳ではないが、消えるわけはないのだからだが、最善のことなのだ。それだけは知っている。
「そんな風に。」
頭の中に響く君の声を、今度は僕自身が呟いて、きっと、まだまだ歩ける。勿論だ、歩ける。太陽が見当たらない明るい無限雪原は、三本目の煙草を吸っては歩けない。ただ、こんな風に二本吸えば歩ける。僕は、やはり今でも君に感謝している。

テーマ:詩・想 - ジャンル:小説・文学

  1. 2008/02/04(月) 02:41:36|
  2. 一億光年の氷光
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