電信柱から伸びる電線は、いつも三本で、いつも途中から空に混じって消える。柱の頭向こうには青空とグラデのかかった白っぽい雲とが見え、私は君の溜息を想い出す。
それが私の記憶の全てかもしれないと、窓口に腰掛け、枠に背を凭れかけながら再度、開いた両手を見つめながら。
眩しくもなく明るい太陽の下にいると、そうして私の一日は過ぎ、全ての影や音や匂いや、それら全てもやはり過ぎてゆき、過ぎるばかりの全ての中で私は居場所を与えられ、居場所を見失う。喪失したはずの手紙を捨てるように、君から聞いた話を一語一語、一音一音、丁寧に捨てる必要がありそうだ。君の息遣いも込めて、捨てる必要がありそうだ。
きっと、それはとても、とても大事だからで、大事だから涙ぐみながら私は捨てなければならないはずなのだけれど、いつも涙ぐみながら捨て続ける自分の姿を想い浮かべ眺めるだけで、やがて私は我に返り、もう一度、夕暮れた電信柱を見つめるが、その頃には電線など見えるわけもなく、電信柱はただの黒い棒でしかないのに、まるで全てを知り尽くした背のヒョロ高い不気味な男のように見えてくる。
その頃には温かい君の胸の中で私は一人泣き、そして君は遣り切れなさそうに「大丈夫」とだけ間をおきながら呟き続け、二人の別々の夜が始まる。きっと、それが一日の終わりというものなのだ。スクリーンの中で夕餉をとる君と私とは、つまり全ての人は、そういう距離に慣れることが必要で、実際、確かめる必要すらないほどに巧みだから私は悔しい。
遠い昔の笑顔だけが今の私を笑顔にし、遠い未来の涙だけが私を示し、君と交差する直立した時間軸にしがみつく数え切れない全てのものを愛しむ神と決別し、捨て去らねばならぬ。
永遠というには短か過ぎる哀しみは、そうして消え、誰かの愛に変わるだろう。
テーマ:詩・想 - ジャンル:小説・文学
- 2008/02/06(水) 20:32:38|
- 蒼天の落し物
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