言葉 概念 感情 人:リベリオンの限界(初出:2006年07月14日)

昨日、ガン・カタ(型)を謳い文句にする「リベリオン」を見てました。
アクション自体は面白かったですね、やっぱり。
というか、余程のものでなければ、アクションモノは楽しんでしまいますが(笑)。

この「リベリオン」、第三次世界大戦後の世界を舞台に、
「戦争の源」を人間の過剰な感情に基づくものとして作られた「平和な」世界、
その世界への抵抗と解除の物語、と簡単には言えるでしょうか。

これは演出側の課題なのだと想うのですが、「無感情」の世界が描き切れているようには想えない箇所が随所にあって、
「そういう視点」で見てしまうと陳腐でつまらない駄作・・・(いいのか? 汗)

無感情の世界として見ること自体も映画の意図する世界からズレてるかもしれませんが、
「申し訳ありません。(以下略)」
などという台詞が平気で飛び出してきてしまう。
「出世」なんて言葉、概念が存在、いや概念を理解しているのでしょう。
が、ソレが存在すること自体が「?」の上、会話に出てきてしまうと「・・・」みたいな。

見ているうちに、そんなことの方に気がとられてしまってました。
通常の人間には「無感情の(人間)世界」を描くのは難しいもんだな、と想いながら。
無機質なように想える言葉一つにでも、人間が「概念」を持ち得るとき、あるいは持ち得なくても、やはり経験と結びつき、そこには感情が生まれる。
もしかすと「概念」というのは感情そのもの?

いや、違う。
これまた以前にTV番組でも紹介されてましたが「一切の不安を抱かない(心配しない、悩まない)」という「病気」があります。
これに似た症例(感情の喪失)は、かなり早くから知られていたように記憶しています。
人の認識というのは「対」を代表とする「他の存在との区別」により生じるものだと想っていましたが、
この時の医師の問い掛けに対する彼女の返答が、また、あまりにも興味深い。

「今の状態から、また、普通の状態に戻りたいですか?」
「いえ、戻りたくないです。
 だって心配するのってイヤじゃないですか~。」
(少し?ニュアンスが違うかもしれませんが、本題から外れるので大目に ^^;)

彼女の中に「不安」「心配」「悩む」に類する感情はない。
とすれば「概念」もないはずなのに、今の彼女のありのまま、楽しげに答えるのだ。
「イヤですよ~。」
実際、彼女「自身」の生活の様子は「笑い」に包まれている。
ここに、言わずもがな「言葉」の持つはずの対立性は見事に破壊される。
いや、概念の対立性と言うべきか?

悩むことなき彼女の中にある「悩む」という言葉、概念・・・
彼女の中で「悩む」という「言葉」が、どのように「認識」されているのか?
ここを掘り下げる営みなくして、言葉の「存在」には近づけないのではないだろうか・・・
そんな気分にさせられたものである。

しかし、皆目、見当もつかない。
「病気」でない我々には、ある意味「ユートピア」が、ソコにはあるというのに。
勿論、脳医学的には「病気の原因」は、ほぼ判明している。
が、それは「病んでいる」と考える我々側の、ある意味、虚しい作業に過ぎない。
さらに言えば、その「認識の在り方」には全く手出し出来ていないと言ってよい。

ここで「彼女が羨ましいか?」「彼女のようになりたいか?」という問いに変えたとしても、それは「別の問題」に摩り替えられるだけだろう。
その「ユートピア」に、他ならぬ私自身は近づくことすら出来ないのだから。
あるいは「私の答え」は自分を照射するかもしれないが、「私の答え」に照射された自分がいたとしても、その「自分自身という存在」に迫ることすら何処まで出来るだろうか?

言葉する営みは、それをして分析するようなものではなく、それ自体が自分自身という存在に迫る営みの一つなのかもしれない。

2011-11-15 12:24 : 消去一葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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