そして、旧・想からの荷物引取?終了(苦笑)

そんなに大した量では無かったと想うんだけど、旧・想からの引っ越しに何年掛かったのだろう???

Jump The Words !!(2004年11月23日)

新居、準備中(2006年07月18日)
(もし消えていなければ・・・とリンクも張ってみたり 笑)
までの1年半程、お世話になったわけか。

このブログは、分かる限りでは想一葉、兼訪問帳(2006/07/07)が一番、古い日付なので、2011/11/15の今日までだと・・・5年!!
もっとも、多少でもマトモ(?)に書いていた期間で考えれば、旧ブログには及ばないと想うが。

それでも通期で言えば7年になるのか!!

と我ながら驚く。
FC2ブログで長続きしているのは・・・なんと言っても引越の面倒さを味わったからだろうか???
加えてライブドアを含む他の無料ブログ・サービスもそうだが、本当に長期間、新記事も出さないままのブログでも残しておいてくれることは有難い(もっとも、それが有難くないこともあろうが・・・)。

この「ブログが残っている」ことで考えてしまったのは、やはり今春(2011年3月11日)の東北地方太平洋沖地震後のネット放浪時だ。
死者・行方不明者を合せて2万人となれば、当然、その中にはブログだけでなくHPのサービスを利用していた方々も少なくないだろう。
勿論、今は単に「それどころではない!」という方々も多いだろうが、特にブログの最終更新が2011年3月11日以前だったりすると複雑な気持ちになる。

死後にまでは残したくはないけれど書きたかった。
そんなブログだったりはしなかっただろうか?などと考えてしまって。

何も残らない事は本人だけではなく、残された人にも辛いかもしれない。
しかし、残っていたことが本人だけでなく、残された人にも辛いこともある。

そういうことを含めて、私達は何も決められないままの日常と隣り合わせで生き続けているんだな、とも。

震災(のレスキュー)時に、いわゆるエロ系グッズが散乱していることがあり、そのことが少し話題になった。
当然のことではあるのだが、身につまされて、笑うに笑えないようで笑うしかなかった。
それを「みっともない事」と感じてのことではない。
そんな悲劇的事故に際してまで、いや、そういう悲劇的事故に際してこそ、ありのままの日常が露呈することを嫌でも目にしてしまったからだろう。
高尚だったり美しいばかりの日常を送っている人であれば関係ない事だが、私の様に愚劣の極みにある日常を送っていると、これはもう「自分の事として」笑うしかないのである。

美しく生きることばかりか、死んでいくことすら出来ないとしたら、私達は何と頼りない足場に立っていることだろうと想ってしまう。
別に生きるにせよ死ぬにせよ、美しいか、そうでないかの違いなど分かりもしないのに。

私の住んでいる当たりでは、11月も半ばになると、もう虫の音も、そうは聞けない。
毎年目にする、末期に及んで無駄にあがく彼らの姿は私達と同じだ。
その姿が、いかに滑稽に見えたとしても、一片の厳かな想いが湧き上がり、空に消えていくのを感じるのは私ばかりなのだろうか。

このブログはさて、いつまで残り続けるのだろう?

2011-11-15 13:41 : 消去一葉 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :
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深淵
命、尽きても言葉ばかりは残る……そう、思うと言葉とはなんと深淵なるものかと感じたり致します。マック殿
2011-11-15 18:41 : 美城丈二 URL : 編集
言業
こんにちは、すっかり御無沙汰しております(と、何度書いてきたことか・・・ 苦笑)。
誰彼が言った書いたと知れるもの、知れないものも含めて、その残る様を見ると不思議に感じるものですね。
私の言葉は・・・どうかなぁ???
2011-11-16 10:33 : まっく⇒丈二さん URL : 編集
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拝啓




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