変わらぬ人~存在証明のオマージュ

セゴビア。
クラシック・ギター界、いや、音楽界の巨匠。

クラシック・ギターを本格的にヤリタイと妄想(?)したのは、
彼に憧れたからだ。
いずれ故人になってしまったのだが、
何故か彼の作品はレコードで聴くまでで止まっていた。

久し振りに大き目の音楽店に足を運び、
クラシック・コーナーに行ってみた。
やはり、一際、扱いが違う。
曲名よりも「セゴビア」の名が先ず出る。

懐かしさと、少しの怖さを感じながら数枚CDを購入。
今まで、とにかく遥かな人という認識で止まっていたが、
CD解説をパラパラ見て驚いた。

セゴビアがギターを始める頃、ギターは楽器としての認知も
ほとんど「地に落ちていた」という。
確かに、言われるとタレガくらいしか思い浮かばない。
これまたギターに無縁の人は、知らないのが当然だろうという人。

そのギターを世界に認めさせた音。
やはり高みは遥かだったのだ。
知らずに目指していたのだから子供は怖い。

しかし、今や優秀なギタリストは雨後の竹の子のように。
それでも想い出のセゴビア以上の人はいず、
プレイヤーとしても挫折したままギターのCDを買うこともなく来ていたのだが、
やっと聴きたいという気持ちが芽生えた。

一方で怖かった。
今でも「記憶のセゴビア」はそのままなのだろうか?と。

が、心配は無用だった。
彼の演奏はモノクロ時代からのもの。
当然、音のふくらみも欠けるのだが、
そのハンデを越えて、やはりセゴビアはセゴビアだった。

そこには、変わらぬ人がいた。
こちらから話しかけるまで、何も言わずに黙ったまま、変わらぬ人がいた。

(初出:2004年12月18日)

2006-08-02 18:58 : 消去一葉 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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