閉じられた音を与えよう

ノートを開くためにはノートを閉じなくてはならなかった-
海辺が開くのを待つように響くピアノの音を聴きながらきみがいう。
わたしたちのあいだからは永遠に失われてしまった<告げる>ということばを、その意味を、貝殻のひとつが抱きながら深い海に雪となってふるだろう。
風が吹いているわ、歴史よりも疾くすぎる季節のように-
ああ、わたしたちの知っている季節は歴史よりも遅いけれどね-

永遠の凍土を融かすように地中に眠る、その瞳を開くためには永遠を閉じなくてはならなかっただろうが、それを閉じる必要はないだろう。
空が碧いよりも碧く海が輝いてはならない、海が輝くよりも眩く陽が輝いてはならない、きみがきみであるよりもわたしがきみであってはならない。

さぁ、ノートを閉じなさい、ただ、ひたすらにノートを閉じつづけなさい、
けっして開かれることのないように、
もし、そこにノートがあるのなら、
わたしたちは永遠のノートを閉じつづけなければならない、さぁ、

-そうは、想わないだろうか?

(初出:2016/03/01 From note)
2016-03-03 09:06 : Zero Areas Ⅰ/0 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

時間の鳥は空の畔でうたう

きみが見た夢のなかでは湖をわたる鳥がいて、それを受けとるひとがいて、わたしはそれを見ていたらしい。小鳥のように雛が鳴き鳴き、川を探す、そんな湖の畔だろう、わたしにはそう見えた。
シャープ・ペンシルをガラスにあてて、細い線を描きながら向こうの青空と話している、そんなきみが好きだった。いつも曇り空のしたにいて、木蔭を探しては戸惑い笑う、そんなきみが好きだった。
海をしらないわたしたちには湖が川のように見えたものだ、いまは川が海のようだ、
大きすぎるかなしみを浮かべては、川は海に変わるのよ-
なんとなく覚えている、きみのひとことを、そっと呟きながら波の音を聴く。
とぎれとぎれのレコードも、風にのりくるラジオの音も、みんなどこかで聴いたものばかりだ。
きみの声だけが聴こえないよ。空をまたいでゆく鳥を見あげて、きみと肩寄せあった日々を想うけれど-
さぁ、ぼくたちの眠りの時間がやってくる。
もう戻ることのない、ぼくたちの時間がやってくる。

(初出:2016/03/06 From note)
2016-02-29 00:00 : Zero Areas Ⅰ/0 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

凍った虹の端と端で

涙のように流れる川を、きみは見たというが、それは、ただの凍った虹だったにちがいないよと枯木になった鳥が歌う、そう告げてみよう、けっして鳴ることの許されない鐘のように、つまり舌も撞木も、叩くすべてを持たない鐘のように、だね

そういえば天使が舞い降りるのは、どんな天気の日が良かっただろうか、そういう話をしただろう、わたしは天気には興味がないのでどうでも良いといったに違いないが、きみは海の日に、と
海辺で逢うことのなかった私たちには海にしか天使が住まうことがないのよ、そういう意味だともいったに違いない

ああ、そういえば、ある詩人について語ったことがあるだろう、その詩人はいつも白紙のノートだけを持ち歩き、白紙の欠片だけを落としてゆくんだ、と
その白紙の欠片の積み重ねで世界を創りあげているんだ、と
わたしたちが歩く道、その舗装路のすべてが白紙の欠片のように舞いあがる風のなかで天使が歌うね、
涙のようにしか川は流れることがない
きみは、もう泣くことを忘れただろう、涙を知らない子どものように、もう泣くことすら忘れただろう

(初出:2016/02/17 From note)
2016-02-29 00:00 : Zero Areas Ⅰ/0 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

すべてのあなたを

冷たい夜明け前になら、あなたのための塔を建てる
昏い大地を盛りあげて、表土に隠れて美しく光る、あの
無数の霜柱のなか遥か、手があかぎれるまでにも探しながら
「おはようございます」
新聞配達員の元気な声は静寂を静まりおさめてしまうから
色づき始めた夜空にさえ、きっと虹もかかるだろうと
この瞳、その瞳にすらあならの虹ならかかるだろうと
きっと今日なら良い天気、無数のあなたが光り輝く良い天気
だから、この手をあかぎれさせて
もっと、もっと、
もっとのあなたを抱きとりましょう
すべての瞳に虹輝るように
すべてのあなたを抱きとりましょう

(初出:2016/01/29 From note)
2016-02-17 00:00 : Zero Areas Ⅰ/0 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

涙は耳にふり積もる

聴こえるだろうか、耳に降りそそぐ雪の音を、
耳中で苦痛にうめきながら融けゆく雪のさけびを、聴こえるだろうか
かなしみよりも遠い海のかなしみを教えてください
川すじに沿って歩む足音を歩ませてください
いつの日か見ただろう夕陽のように、
消えることしか知ることのできない夕陽のように、
降りそそぎ、融けることしか教えてもらえなかった雪のように
降りつもる場所を求めて涙は、耳にふり積もる
もう聴こえることを求めない叫びたちよ
耳に潜りこむ、永遠の凍土のように安息をもとめて
あまりに、それは儚い安らぎだとつぶやくあなたを忘れて
永遠のような凍土に、すべての叫びは眠りこむ

(初出:2016/01/29 From note)
2016-02-15 00:00 : Zero Areas Ⅰ/0 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

不透明な雨音にさえ抱かれよ

「ゆっくりと、だが、たちあがることがあるだろうか、その雨は」
そうひとりごちながら川沿いを歩く、影を見失いながら、見まわして影を探しながら、迷い子のように歩いているようにみえるのだ。
風が吹くときは、いつでもそんなふうで雨を探している、枯葉が落ちるときにはけっして吹くことがないのに。
けっしてだれが文句をいうはずもないというのにブツブツとしかめ面をした通行人たち、彼らしか抱擁できない透明な街、彼らしか抱擁してくれない不透明な街、そのとき街灯はきみを照らしたね、すこしだけだ。
「街灯は…あまりにも淫靡だわ」
そう言いながらも抱きよせられるままに太ももを露わにされ、厭うことはない。
「ああ、きっと雨ならふることはないさ、忘れられたからね、」
男の影が雨音に濡れながらボンヤリとささやく。
「聴こえないわよ、なにも聴こえない、でも聴こえるかしら…」
女の嬌声がくぐもり始めると厚みを増した雲のように霧が立ちこめる。
街頭の光に宿る霧のひとつぶをひろいながら浮浪者が野次をとばす。
「雨も降りやしねぇのはおめぇらのせいだ!」
もはや無数の無人が満ちている、海のような砂漠を愛する蜃気楼の街のように。
うんとゆっくりとだが、それは遡行する流れだったかもしれないが、その川が流れた気がした、川にも水がある気がした。
くりかえし、くりかえし伝えられるだろう、
「ゆっくりと、だが、たちあがることがあるだろうか、その雨は」

(初出:2016/01/28 From note)
2016-02-15 00:00 : Zero Areas Ⅰ/0 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

ある日のメモ

書き方を忘れてしまうように読み方を忘れてしまう。
見方を忘れてしまう、愛し方を忘れてしまう。
時間の過ぎ方を想いだそうとしながら眠ってしまう。
長すぎるいっしゅんを過ごしたあなたたちを忘れるいっしゅんの永遠を抱きしめる。
季節はいつも変わることを忘れている。
今日という季節を想いだすことはけっしてない。

(初出:2015/12/09 From note)
2016-01-25 00:00 : Zero Areas Ⅰ/0 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

愛を棄てる場所について、あるいは時について

いつもよりも早い季節、古い恋人と夢中で再会した。
二人で汽車に乗りいずことも知れぬ田舎、畑道を延々と歩いた。道すがら、恋人が「○○おばさんに…」と言い、なにか手持ちものを置く気配を見せた。
汽車に乗る前、乗ってから、降車してからの散歩、ずっと伝えたかった一言を告げる前に夢から目覚める。隣の布団では女房がスヤスヤと寝息をたてていて、「ありがとう」と呟いた。
古い恋人に、ずっと伝えたかった一言について少し想い馳せる。女房と古い恋人は二人で一人だったし、一人で二人だった。
「それでも、ほんとうに愛していたんだよ」
ああ、その一言を伝えたかったのか、女房に、古い恋人に、あらゆる恋人に、世界中に。なんと呆気ない一言なのだろう。
二度目の眠りのなかにはだれも現れはしなかった。揺れる風を追う季節のなかで煙草をふかす朝が訪れる。
いつも季節は早過ぎる、早過ぎる季節を追って私は愛を棄てる場所を追い求め続けている。
(#)

(初出:2015/10/28 From note)
2016-01-25 00:00 : Zero Areas Ⅰ/0 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

詩人との五時

「ほとんど字が見えないのです」と説明すると少し驚いたようだった。
夢のなかで詩人が会いに来てくれたのだった。

いろいろと話もしたが、わたしにはわたしの言葉の良さがある、とアドバイスされたことを覚えている(そうであってほしいものだ)。

「それを見つけるのは大変、むずかしそうですね」と苦笑した。

痛みで目が覚めたが私は大丈夫、希望もないが絶望もない。ただ緩慢な眠りに向かうだけだ。煙草を一服すると朝五時の光が見えた。

-言葉は日本刀のようだ、美しいが人を斬りもする
 そしてすべての欲望は果たされねばならない、昇華されねばならない-
などと書きとめてベッドに向かうと女房が起きていた。
久しぶりに人に会ってストレスでも感じたんじゃないの、と笑われた。そうかもしれないし、そうではないのかもしれない。
痛みの先には光も闇もない。生きているということは、やはり<苦>なのだ。

光をください、あなたたちの智慧を分けてください。

眠るのも難しい時間になり、朝日が昇り始め、まばゆき痛みを伴う朝陽を浴びた。詩人との別れが知らないうちに訪れていたと気づく。

光をください、あなたの言葉の光をください…

(#)

(初出:2015/10/13 From note)
2016-01-25 00:00 : Zero Areas Ⅰ/0 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

無明の朝、川は流れる音を忘れる

ことばを失ってからどれだけの時間が過ぎたのだろうか、わからない(時間もまた、ことばであるのか?)。
なにも見ることができない眼の激痛が和らぐと、そこにことばはなく、なにも見えない闇だけがただ広がっていた。
「おはよう」「ありがとう」「はい」
薄れた意識の遠くからはかすかなことばのようなものが聴こえるかのように唇を揺らしているようだ。

今は夕暮れ時のようである。
一冊の詩集が贈られてきた。どれだけ楽しみに待ち望んでいたことであろうか。しかし今は冒頭の一作を読ませて頂くのが精一杯である。お礼のことばを書き記したいが疲れ切っている妻に筆をとってもらい、つぶやくままに書きとめてもらうばかりしかできない。
「ありがとう、ありがとう、ありがとう…
時を過ぎることさえ忘れて呪文のように繰り返し繰り返し唱えている。
物事には始まりがあり終りがあるとも聞いたが、私には始まりも終りも分からない。ただ頬を撫でる風を感じ不変なるもののなきらしきことをふと想い出す。
ことばなき者たちよ、希望なき者たちよ、我らもまた不変ではありえないのだ。たとえ我らが石ころのひとつであろうとも、石ころのひとつでさえあり続けることなど、ついには出来はしないのだ。
あるいは我ら光りなき星々として彷徨うとも、出逢い、別れ、また風に吹かれることもあるだろうか-

さて詩は、果てなき永遠を讃えるためにこそ書かれるであろう。
詩を紡ぐ者たちよ、果てなき荒野を称えよ!
詩を紡ぐ者たちよ、果てなき荒野を一歩一歩と歩め!
その足跡こそがことばになりかわることもあるだろう。
我らの墓碑は、その足跡だけなのである。

(#)

(初出:2015/09/28 From note)
2016-01-25 00:00 : Zero Areas Ⅰ/0 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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拝啓




Author mak From "空白"

想一葉、兼訪問帳

星々の冷却(書肆侃侃房)
渓谷0年(オンライン版)
Both by mさん

【 無意味という意味 】
すこしの風を追いかけて
【 短文 】
大海にも降る一滴
2015.07.17.

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